第15話 夢現
ねぇ、母上
どうして金木犀が好きなんですか?
僕ですか?
僕は───────
この夢を見るたびに思う。何故いつもここで途切れてしまうのか。
我は何を言うたのか、母上の表情はどのようなものだったのか。それがこの夢では出てこない。
もどかしい、というものだろうか。はたまた腹立たしいというものだろうか。どちらにせよ、我には必要ないものだ。
なのに、いつもこの夢に踊らされておる。何が嬉しくて夢に踊らされねばならぬのだ。
…………だが、知りたくなる。この夢の先が、どのようなものだったのか。
「知識欲───というもの、か」
否、別の物か?
元就は鼻で笑い、頭を横に振る。周りは誰もいない。………いや、一人だけいた。
「元就様、どうかされましたか?」
横を振り向けば美伊がいた。まさか先の我を見たか……?そう思うと少し訝しげな顔で美伊を見た。美伊は首を傾げて頭に「?」が付くのがよく似合う形になる。
その表情だと見ておらぬか、頭の中でそうだと思い少し安堵し、茶を啜る。
「先の表情もするのですね」
前言撤回。元就はあまりの不意打ちに茶を口から湯飲みからこぼしそうになる。が、何とか持ちこたえ、口に入っている茶を飲み込む。喉とは別の方にも茶が入りそうになったのか、少しむせてしまい、右手拳で胸を叩く。
そんな元就を見て背中をさするものの、笑いを堪えていた。それを見て目尻の皺を寄せた元就だ。
隙がありそうで隙がない、それをこの女は知らず知らずやっているのだとすれば少し厄介なものだ。
「ふふっ、ですが私は意外とは思っておりませぬよ?」
「何………」
「だって元就様の表情は分かりづらいだけで、本当は色んな顔を持っておりますもの。怒っているときの顔なんて、この一月で結構見ましたよ」
「……貴様は人を観察する趣味があるようだな」
「なっ!聞き捨てなりません!た、たまたまでございます」
「フン、どうであろうな。もしくはただの変───」
「も、元就様!何か勘違いされておりませぬか!?」
形勢逆転とはよく言ったものだ。今度は美伊が追いつめられるはめになっていた。
日は既に真上に位置するというのに、最近では暖かくは感じられずむしろ肌寒いと感じるようになった。冬が近付いている証拠であろう。
元就は自身が着ている羽織を更にくるむように着た。最近では中庭にある金木犀の花も少しずつ花弁を落としていた。
「元就様、寒いですか?」
「問題ない。……だが、これからは火鉢が必要になるか」
「そうですねぇ」
後で爺に頼んでおくか、そう思いながら外を眺めた。
先の言い争いはどこへやら……
「……最近夢の中から母上が出てくる」
「母上…と申しますと、元就様の母上でございますか?」
「それ以外誰と申すのだ」
元就自身、あまり家族のことや自分のことを話さないため、このような話を持ちかけることに驚いた美伊だった。
「夢の中で我は母上に問う。何故金木犀が好きなのか、と。だが、逆に聞かれるのだ。金木犀は好きか?と」
「……元就様は何とお答えになるのですか?」
「………分からぬ。我が答えようとすると、夢は覚めてしまうのだ。それもずっとだ」
美伊から見れば、どこか寂しそうな表情をした元就が映る。周りの家臣から見れば、何も変わらなく映るであろう冷たい元就の表情。
何故自分にそのような話をするのか分からないが、美伊はただただ耳を傾けたのだった。
「では、今の元就様ならなんとお答えしますか?」
「今の我にだと?」
「はい。お母様に何と言いますか?」
今の我が………母上に何と言うか、か……。
今の我と昔の我は違う。だが、そうだな。今の我ならば───
「『母上が好きならば私も好きです』」
一瞬、頭の中で昔の自分の言葉と重なり合い、元就は目を見開いた。自分は、これを言っていたのか、と。
元就自身誰にも言っていないことがある。
それは「家族」のことだ。
今はこの城に家族と共に過ごしていないが、一昔前までは一緒にいたのだ。
爺は元就が幼名時代からずっといたため、その内情を知っている。が、それ以外の家臣には何一つ、元就のことを知らないのだ。
それは「言えない」ではなく、「言わない」のだ。
「元就様はお母様がすごく好きだったのですね」
だが、こやつなら言っても大丈夫だろうか?珍しく悩む元就だが、頭の中で否定する自分がいた。
今まで解決出来なかった夢のことをあっさりと解いてしまったというのにか?
美伊はただ微笑みを返した。元就が何を考えているのかは分からないが、今はただ、笑い返すことしか出来ないのだ。
「………………好き、か」
「違われますか?」
「………違う。我は…」
何だったであろうか──
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