第9話  名前







 美伊が毛利家に来て10日経とうとしていた。相変わらず美伊は何かしら自分でやろうと侍女達を困らせているようだ。







「とんだ暴れ馬だな」
「私はもう慣れました」







 爺が茶を入れていると元就がふと美伊のことを話したので、爺はそれを応えた。元就はその話をし、もう呆れて見ているだけだと言った。







「あやつをここから追い出すか」
「元就様落ち着いてください。まだ10日ですよ?今はじゃじゃ馬ですが、何時かは………」
「爺、貴様の目は腐ったか?あれが暴れ馬から改変するなど予想すると申すのか?」
「…………………いえ、滅相もございません」







 反論の術なし。もはや呆れるほかないと言わざるを得ないと爺は黙って茶を入れながらそう思った。
 しかし、そう言いながらにしては元就は滞在期間させるのが長いと爺は思ったが、その理由を聞くのはやめることにした。




 いつもの元就なら、滞在期間は持って3、4日。理由はただ一つ。

 気に入らないから。

 酷い時には半日で追い返す。冷眼冷徹とはよく言ったものだ。
 だが、そんな彼は自分から女子を決め、そして10日も滞在させている。余程気になるお方なのか、と爺はそっと茶を元就の机に置きながら思う。







「それでは………」
「爺」







 部屋から出ようとすると、急に元就に止められた。爺は「今度は食事のことかな」と思いつつ、もう一度元就のほうを向く。







「何でしょうか。元就様」
「美伊をここに呼んでこい。話がある」
「えっ…………あ、はい。直ちに」








 予想外のことを言われ、少し動揺したが、すぐに美伊を捜した。






━━━数分後━━━






「お呼びでしょうか。元就様」







 美伊の声が聞こえたので、元就は一旦筆を止め書物を直す。「入れ」と言うと、美伊は部屋に入っていく。この動作を見ると、普通に大人しい姫に見えてくる。







「貴様に名を与えよう」
「名前………ですか?」
「左様。これからこの毛利家にいる時はこの名で過ごせ」
「美伊ではダメ、ということですか?」
「……………」







 駄目というわけではない。そう言いたかったが、理性がそれを拒んだ。
 元就は続けて言う。







「………妙玖(みょうきゅう)。それが、ここにいる間の名だ。よいな?」
「みょう、きゅう………」







 美伊はゆっくりと元就に与えられた名を綴る。すると、フッと笑い、頭を下げ「有り難く使わさせて頂きます」と言った。
 礼儀は多少悪いが、こういった場面ではやはり普通の姫なのか、と改めてそう思わされる。








「ふと、思ったことを聞いても宜しいですか?」
「………なんだ」
「元就様の部屋は圧倒的に本が多いですよね。本がお好きなのですか?」







 ”好き”。この本は兵法の本ばかりで、策を練るために使っているだけにすぎない。だが、”好き”かと言われればそれは分からなかった。
 そのような気持ちは忘れていたからだ。







「さぁな」
「元就様にも分からないことがあるのですね?」
「何……」







 しかし反論は出来なかった。すると、美伊はまた笑った。







「元就様は正直なお方なのですね。反論しない、ということは」
「…………貴様、我を馬鹿にしておるのか?」
「馬鹿になどしておりませぬ!私はただ知りたかったのです!」
「知りたい……だと?」








 頬を膨らませながら元就に弁論する美伊。







「私は元就様のことをこの滞在中にどれだけ知ることが出来るのか楽しみだったのです。ですが、元就様は近付いたと思えば離れ、遠ざけておりました。それで、やっと元就様のことをほんの少しでも知れたことを嬉しく思ったのです!それなのに……」







 今まで言えなかったことを美伊は元就に言った。元就はそれを聞いて目を見開いた。


「(こんなやつ、初めてだ)」


 そう思っていると、美伊の目から涙が落ちた。ギョッと驚く元就。どうして良いのか分からないまま、ただジッといるしかなかった。







「それなのに……元就様は…………私は、寧ろ………あなたのことを尊敬していたのに……」







 尊敬、だと?元就はまた驚かされる。ここまで自分の心を動かされるやつなど……と。
 元就は何かの意に決したように目を瞑り、また開けて美伊のほうをみる。







「美伊…………いや、妙玖」
「はい……」
「貴様との時間を作ってやろう」
「え?」
「昼餉を食べた後なら多少は時間を作れる。これでよいか」







 自分のことを知りたければその時間に来い、ということだろう。美伊にとっては願ったり叶ったりのことだ。







「本当ですか?」
「その時間を超えれば追い出すぞ」
「…………!ありがとうございます!!」







 今まで見たことのない笑顔で元就に言う。元就はそれを見て少し胸が高鳴った。まただ、と元就は思う。

 美伊は部屋から出ていく。少し名残惜しいように、元就は美伊が座った場所に手をそっと置いたのだった。










戻るのか
目次に行くのか
どちらぞ



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