第27話  石田三成




 あぁ、やっぱり。

 家康は心の中でそう呟く。そしてさらに家康は考える。この後何を言われるのだろうか、と。
 どうして殺したの?と初めに言われるだろうか、それとも、三成とは友ではなかったのか?と言われるのだろうか。
 いずれにせよ、自分は応えねばならない。嘘偽りなく、彼女に伝えたい。自分がどうして三成と闘いあったのか、それは今まで知らなかった彼女の報いになろうがなるまいが、家康はちゃんと応えようと思ったのだった。






「………そうか。葵が聞きたいならワシはどんな応えでも出来る限り応えよう」
「……そう。本当にいいの?」
「あぁ。葵とは背を向けずにいたい。だからどんな応えでもワシが答えれる範囲全部で応えたい」






 家康は曇りのない目で葵をみる。それは昔と変わらない目だった。そのことに少しフッと笑んでしまう。






「どうかしたか?」
「ううん。変わってないね」
「え?」






 首を横に振り、一呼吸をしてか葵は本題に乗り出す。






「──じゃあ家康。聞いてね」
「あぁ」
「佐吉と闘ったって本当?」
「……戦った」
「佐吉は幼名……って言うんだっけ。じゃあ将になったときの名前は……”石田三成”って名前なの?」
「そうだ。佐吉、元より石田三成を手に掛けたのは……このワシだ」







 家康は拳を作り、それを見せつけるかのように葵の前に出した。葵の前に出されたその拳は、傷が痛々しく残っており、これまでどれだけ戦ってきたかを物語っていた。その中に三成と戦った痕もあるのだろうと葵は見た。
 だが葵はその手を見ても臆せずただ一言、「そう」と言っただけだった。






「………どうして戦った?戦う理由があったのか?」
「…戦う理由は、あった。ワシは今まで慕っていた豊臣秀吉殿をもこの手にかけたのだ」
「豊臣………」
「そして同時に、その慕っていた豊臣秀吉殿に忠誠を誓っていた者がいる。それが石田三成……佐吉だったんだ」






 拳を下げて家康は少し苦しい声で葵に言う。それは葵も何となくだが感じていたが止めはしなかった。自分が知りたいことを聞くためだ。






「答えになってない」
「三成はその主君を手に掛けたワシを許せなくなり、三成は秀吉殿の仇を取るためにワシとやりあった」
「………」
「三成はその理由でワシを手に掛けた。…………だが、ワシは違う。ワシは秀吉殿を討ったのはこの世に平和が訪れないと判断したからだ。ワシが三成と戦った理由はただ」






 手を胸に当て、家康は一度目を瞑る。再び目を開けて言葉を言う。






「もう一度、三成と語り合いたかったからだ」
「語り合う……?」
「あぁ。戦うことで語り合うんだ」
「意味分からない」






 戦うことで語り合うなど想像がつかない。だが、家康はそれで語り合いたかだたと言う。農民の葵には到底理解し難いことだ。






「戦って相手のことを分かり合えたりするんだ。……三成とはもう話し合いも出来ない状態だった……。だからこの“語り合い“で最後だと思ったんだ」
「何で最後だと感じた?」






 家康は自分の手のひらを見れば傷だらけの自分の手に苦笑する。そして手のひらを見たまま家康は語る。






「……先も言ったように三成はワシのことを憎んでいた。殺して秀吉殿と半兵衛殿にその首を持ってこようと思っていたんだ。だから次会うときは三成はワシの首を跳ねようとしたんだ。
 ……だが、そのお陰で戦いの中で三成の本当の声を聞けたんだ」









『何故私を……秀吉様を裏切った!?何故共に歩む道を選ばなかった!?何故だ!!答えろ家康ウウウウウゥウ!!!』







「ワシはそれを聞いて一瞬揺らいでしまった。ワシがやってきたことは今まで間違っていたのか、と。……だが、ワシは一度決めた。民を守るために戦うと。そのために天下を取らねばならないということを。
 間違っていたという疑問を振り払うために思い切り三成にぶつけたんだ」
「それで三成は倒れた、ということ…?」
「……あぁ」







 腕を降ろし、家康は葵の顔を見ずに下を向き先程より苦しそうな声で言う。
 天下を掌握したという喜びの顔とは全く逆の顔をされれば、どんなに鈍い葵でも分かった。本当は佐吉を殺したくなどなかったんだ、と。
 葵は一度目を瞑って考えてみた。するとふと疑問が過ぎった。






「ねぇ、竹千代。聞いてもいい?」
「ん、あぁ。いいぞ」
「佐吉は天下を欲しくて家康と戦ったんじゃなくて、その秀吉って人と半兵衛のために戦ったってこと?」
「……そうだな。あいつはワシの首を取れればそれでいいと思っていたから天下はいらないとも言っていた」






 それを聞いた葵は一つの答えに辿り着く。






「………じゃあ、もし佐吉が勝って竹千代の首を取ったら。その後どうなってたんだろ?」
「え?」
「その後の目標はやっぱ秀吉って人が目指した天下なの?でも天下はいらないって言っていたら、考えてなかったとか?なんか後者のほうが佐吉らしいけどなぁ。猪突猛進って感じで」
「え、ちょっと待ってくれ葵。どういうことだ……?」






 何を言い出すのかと慌てて聞き直すも葵は平然と自分の考えを述べる。






「なんか聞いてたら佐吉は竹千代を倒すことを目標にしてただけで、後のことはなーんにも考えてないように聞こえるのよ。でも竹千代は天下を取るために佐吉を見なかった。
 それで佐吉は「何故こっちを見ないんだ!」って言って怒って振り向かせようとする図が思い浮かんだ」







 家康は葵が言ってる言葉に唖然として口を開けてしまうものの、葵はクスクスと笑っていた。






「……だ、だが、確かにワシは秀吉殿を倒して生きる意味がないと言っていた三成にワシを倒すという目標をたてて………」
「だから、佐吉はそれしか目がなかったってことだと言ってるの。佐吉のことだから後先考えずにやっていたんじゃないの?」
「あっ………」






 家康にも何故か想像がついた。もし自分が死んでも三成はきっと「何度でも切り刻む」といって起こそうとするその姿を。そして自分は無理矢理起こされてこの身はズタズタにやられていたのだろうと。
 しかし、それが終われば三成はどうしていたのだろう?それを考えただけで家康はへたれ込んで座り、頭を抱えて笑う。






「竹千代?」
「ははは………!あぁ、そうだ。三成は、そんなやつだったな……ははははっ……ははっ………だが、ワシは……」






 すると葵は自分の籠が置かれている場所に行き、ある物を取り出す。それを家康の身体を包み込むように頭から置く。
 それは幼き頃、家康と三成が葵と初めて会ったときに着ていたとても綺麗な青色の羽織。






「何がよかったかなんて誰にも分かんないよね。ごめんね、竹千代………今あたしだけだからそれ被りながら泣いていいよ」






 葵は何度も「ごめんね」と言う。家康は意識などしてないが目から涙が溢れ出た。全てを話す、そう決めたはずなのにいざ話せばどこかで辛く感じたのだろう。
 大きな涙の粒が服を濡らし、頬にはその粒が雨のように流れる。家康はいつかの日のように声を押し殺しながら葵の隣で泣くのだった……



戻るか?
それとも
目次に行くか?


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -