第26話 君子殉凶
葵が起きたのは孫市が城から出ていって少ししたあとだ。目を開ければ見たことのない天井。自分の家ではないと寝惚けながらに彼女は頭でそれを理解した。
むくりと起き上がり周りを見渡せば、やはり自分の家ではないことを確信した。
「どこ、ここ」
自分は確か………と腕を組んで頭を回転させた。そして思い出す。兵達が葵のことを曲者呼ばわりをし、死ぬのではないかという恐怖に襲われる時に暖かいなにかに包まれたことを。
「…………そうだ、あたしは……」
『気が付いたかい?葵くん』
ふと聞こえた声の方向を見ると、半兵衛が座っていた。
「半兵衛!あんた今までどこに──」
『ずっといたよ。君の傍から離れられないからね』
「じゃあなんであの時助けてくれなかったの!?」
『何言ってるんだい?僕が幽霊っていうことを忘れたのかい?』
あ、と葵は思わず声を出すが少し何かを思い出せぱ首を横に振った。
「碁は出せたじゃん。なら色々と出せるんじゃないの?」
『幽霊だからなんでも出せるなんてことはないよ。むしろ僕は優遇されている方だ。興味半分でやっていた碁が出せるんだから』
「えー……」
理不尽、と言いたそうな目を半兵衛に向けるものの半兵衛は無視し、ふいに葵の前から消える。
突然半兵衛が消え、葵は思わず大声で「待ってよ!」と言ってしまい、同時に家康が部屋に入ってきた。
家康は逆に葵の部屋に入ったと同時に大声で言われたため驚いて、何が「待って」なのか疑問に思った。
「おお、起きていたか」
「えっ、あ、えと………あ、あははー!お、起きて……ました……」
しばらくの間沈黙が続いた。が、家康が言う一言で更に沈黙が続く。
「さっき誰に向かって言っていたんだ?」
「……えと…………」
葵は家康から目を逸らした。まさか幽霊と話していた等と言えるわけがなかった。どう言い訳しようと考えたが、早々に思いつくことはなかった。
家康は苦笑を思わずこぼしたが、葵がそれを見ることはなかった。
「……そう言えばまだ名を名乗ってなかったな。ワシの名前は徳川──」
「家康、でしょ?」
家康自身が自分の名前を言おうとした時に葵が言ってしまったため、家康は思わず顔をあげて葵の方を見た。
代わって葵は先程の慌てぶりの素振りがなくなり、とても真面目な顔つきになって家康を直視していた。
何故自分の名前を知っているのか考えたが、家康はすぐにその理由が分かり話を続けた。
「知っていたか。ここの民から聞いたのか?」
「ここじゃないけど、聞いてはいた。あなたが”徳川家康”と名乗っているというのは」
「……そうか」
「それと、あなたが竹千代ってことも知ってる」
「!!」
まさかそこまで知っていたとは思わなかった竹千代こと家康は目を丸めた。一体どこで知ったのか、どこから知っているのか、家康の予想以上に知っている彼女が少し怖く感じた。
「………そこまで知っていたのか、葵」
「うん………久々に聞いた。名前、覚えていてくれてたんだ。嬉しい」
久々に見た彼女の笑顔は昔と何ら変わっていない笑顔だった。それに少し心の中で安心感を覚える家康をだった。
だが、もし家康が思っている最悪のことを彼女が知っていたら、と思うと気が気でない状態でもあった。もしそれを知ってここに来たのならば───
「竹千代………今は家康って呼んだほうがいい?それとも家康様?」
「様はやめてくれ、葵とはそんな間柄じゃないだろう?竹千代も少し恥ずかしいから、家康と言って欲しい、かな」
「分かった。じゃあ、家康」
葵に”家康”と呼ばれると少し心臓が飛び上がる感覚を感じた。改めて家康はこう思う。
あぁ、やはりワシは彼女に惚れてるのか
改めて思う”想い”はこそばゆくなった。家康はそれを表に出ないように胸の辺りの裾を握りしめた。
「あたし、家康に聞きたいことがあってここまで来たの」
「…………なんだ?」
家康は最悪のことを想定した。それは家康自身がやった、償えないもの。
「単刀直入に聞く。
佐吉について聞きたいの」
「(三成について、なんだろう?)」
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