第25話  雑賀孫市






「家康様!そやつから離れて下さい!」
「皆落ち着いてくれ。この人は大丈夫だ」
「ですがっ」
「この人はワシの客人だったことをすっかり言うのを忘れてしまっていたんだ。すまなかった」









 そう言って家康くんは笑って誤魔化した。そして、彼は葵くんを抱き抱えて城の中に入った。
 兵士達は槍や刀を構えた状態で少し放心状態になった。








「家康様が客人が来ることを言い忘れてた時があったか?」
「いや、ない…」
「だよな……?」






 兵士達の中で彼女が家康くんにとってどんな人物か、そんなのが疑問になった瞬間を僕は上から見ていた。
 それもそうだろうね、僕だって全てを知らない。ただ、彼と彼女ともう一人は昔会ったことがあり、遊んだことがあるってだけの情報しか知らない。
 あぁ、あともう滅んでしまったどこかの城主と仲が良かったこともあったね。






『そしてもう一つ気になるのが……』






 今は家康くんが持っている荷物、大きい風呂敷の中に入れていた青い羽織。あんな鮮やかな羽織を、しかも農民の葵くんが何故持っているんだ?買うにしても結構な値段はするものだろう。農民には手を出したくても決して出せない値段のはずだ。
 葵くんは何かと謎が多い人物だ。






‥‥ ‥‥ ‥‥









 家康は葵を抱え、客人用の部屋に向かった。
 この部屋に来る間に侍女を先に呼び、部屋に布団を敷くように指示していたため、既に部屋には布団が敷かれてる状態だった。家康はその布団の上に葵を寝かした。
 ゆっくりと寝息を立ててる彼女を見る度に彼女は何しに来たのか気になるが、それでも家康の中では彼女が来てくれたことのほうが大きかったのかもしれない。









「徳川、来たぞ」
「あぁ、来てくれたか。孫市」









 襖(ふすま)に持たれながら話している女性は雑賀孫市。雑賀衆という鉄砲傭兵集団の頭領だ。自らの力を認める者にしか着いていかないことでも有名な傭兵集団なのだ。
 そんな頭領の彼女がなぜここにいるのかと言うと──








「わざわざ来てくれてありがとう。感謝する。早速で悪いが、依頼をお願いしたい」
「お前が我らに依頼をするとはな。何かの前触れか?」
「ハハッ、雑賀衆の情報網はすごいと元親や独眼竜等にも聞いていたからな」








 そういってそそくさに懐から一通の紙を手にした。
 孫市はそれを手にすればすぐにそれを開いた。家康の字はお世辞にも上手いとは言えない字だが、力強い字だ。そこに書かれてあるのは今回の依頼の件のことが書かれていた。







「………葵とは誰だ?」
「ここに寝ている彼女のことだ」
「ほう。………その人はお前にとって重要な人物なのか?私から言わせればただの民にしか見えない。そんなに重要な人物とは見えないが、違うか?」
「孫市が言う通り、この人は民だ。だが、この人はある城主と仲がよかったらしいんだ。その城主を調べて欲しい」








 ほう、と一言つぶやけば孫市は葵のほうへ足を運ぶ。家康はそれをただじっと孫市がすることに何も言わなかった。
 孫市はふと葵が眠る上のほうを見る。そこにあったのは大きな籠、農民たちがよく野菜等を収穫する際に入れるための籠だ。孫市はおもむろにそれに手を伸ばし中を覗いた。


 籠の中に入っていたのはただ一つ、青くとても綺麗な刺繍が施された着物……否、羽織だった。
 とても民が買える代物ではない物と孫市はそれを広げてそう思った。それこそ城主でないと買えないものだ。傭兵の頭領でも買うのを躊躇うだろうと己自身にも問うてしまう程、それはあまりにも綺麗だった。







「これは………徳川が着るものか?」
「それは女物だと確信しての問いか……?」








 冗談だ、と言うものの先程の孫市の目は結構真面目なものだったと家康は苦笑する。







「これは本当にこの娘の物なのか?」
「あぁ、本当だ。それは葵の物だ」
「どこでこんな物を……」
「彼女が言うには母親から貰ったらしいんだ。そしてその母親は父親から貰ったと言っていたらしい」








 家康の言葉を疑うわけではないが、孫市はその情報をどこで手に入れたのか気になった。だが、孫市が見る限り、先程この葵という娘があの門を潜ってきたばかりだ。更に言えば葵は家康に抱かれるときに意識を失ったのを城の中から確認出来た。
 その間に起きて言うにしても無理がある。ではどこで?







「徳川、この娘からなにか聞いたのか?」
「昔聞いたんだ。昔はその羽織をいつも着ていたから気になって、な」
「………そうか」








 どうやら二人の間になにかあったか、と孫市は悟りそれ以上のことは聞こうとはしなかった。
 孫市は羽織を丁寧にたたんで籠の中に戻した。そして家康のほうを振り返って話をした。







「契約の赤い鐘はまだ鳴っていたな。ならば我らはそれに従おう」
「本当か?」
「あぁ。だがこの情報収集が終わったらそれを消す。いいな?」
「勿論だ」








 家康が右手を差し伸べれば、孫市はくすりと笑い、同じく右手を差し伸ばして握手をした。







「よろしく頼むぞ」
「我らを見縊る(みくびる)な、徳川。では我らは一旦引くぞ」
「あぁ」



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