第23話  鶴姫






 次の日、慶次は上杉謙信から渡してきて欲しい書状を家康に渡してから帰って行った。書状の内容は他愛もない挨拶と近況報告だった。特に酷いとまではいかないが、やはり小規模の戦があったらしい。そのことに家康の眉間は皺を寄せた。
 すると突如、「きゃー!」という甲高い声と何かが壁にぶつかる音。何が起きたのか分からなかった家康は書を置いて障子を開ければ、そこにいたのは見知っている人物だった。








「巫女(かんなぎ)殿!?」








 へたり座り込んで頭をぶつけたのか、痛そうに右手でそこをさすっている巫女、鶴姫がいた。
 そんな彼女を見て慌てて彼女の元に行く。







「大丈夫か、巫女殿?!」
「あいたた……また着地失敗ですー…あ、でも大丈夫ですよ。人がいなかったのがよかったですっ!」








 確かにそれも心配だが、いつも四国にある伊予河野から飛んでくる貴女も心配だ……と家康は内心思いながら冷や汗を流す。








「あっ!私、家康さんに伝えたいことがあったんです」
「そうだったのか。何か予言で見えたのか?」







 鶴姫には不思議な力が宿っている。それは、先の未来を見る力・先見というものだ。その不思議な力を持ったおかげで《海神の巫女》と人々から言われている。が、それも一部しか知らない。
 鶴姫自体、外の世界を出るのはまだ浅い。それ故に鶴姫の存在を知っているのは極数人だ。あとは噂程度でしか知らないのだ。
 そんな彼女が今日ここへ来た理由とは───









「はい、そのとおりです!家康さん、明日の明朝にあなたにとってとても大切な方がここに来られます」
「大切な方……?それは信玄公か?」
「いいえ。何て言えば良いのでしょうか………その、もっと特別な方と言うのでしょうか……私にも分からないのですが、心構えはしておいたほうがいいですよっ!」








 もっと特別な人………?誰のことだろうか。

 今考えても分からなかった。自分の恩師たちではないのとしたら、誰がここに訪ねるのだろうか。








「私が言いたかったことはこれだけなので、またビューンっと飛んで帰りますね!」
「あぁ!待ってくれ!忠勝、すまないが巫女殿を伊予河野まで送ってくれないか?」
「えぇ!いいですよ、私飛べますもん」







 そうは言ってもさっきみたいに派手に転んでは元も子もないぞ、と鶴姫に言うと、少し頬を膨らませた。だが、否定しないということは怪我をする前提で飛んでいたのかと家康は苦笑する。
 すると忠勝が飛行体制になって鶴姫の方に止まると、鶴姫は忠勝の背中に乗って座った。







「報告ありがとう、巫女殿。今度は書状を送ってくれたら大丈夫だ」
「はーい、でも今回は急ぎだったので……」
「あぁ、分かっているよ。だが、こんな無茶をしてまでしないでくれ。貴女の体に触ってしまうぞ?」







 鶴姫はフッと笑って「分かりました」と話にケリをつけた。
 相変わらず、自分のことよりも人のことを心配する人だなぁと鶴姫は胸の内で呟いた。







「では、忠勝。巫女殿をよろしく頼むぞ」
「…!!!」
「家康さん、これどうぞ」








 鶴姫は小さな手のひらの中に握っているものを家康の手のひらに移した。それは、少し大きめの鈴だった。何故これを渡すのか分からないため、鈴に付いてある紐を持ってチリンと鈴をわざと鳴らす。







「これは私の勘なのですが、きっと家康さんにとって大切な人っていうのは女性の方ではないですか?」
「女性?」
「もし、本当にそうだったとしたら、海に行ってその鈴を二人で一緒に投げてください。そうすれば、願いは叶うかも知れませんよ」








 では!と言って忠勝と鶴姫は空に飛んでいってしまった。


 もし本当に巫女殿が言ったとおり女性だとしたら……来てくれてるのか?







「葵が………ここに……」








 鶴姫からもらった鈴をギュッと握って空を見上げる。家康の胸の鼓動はいつも以上に高鳴っていた。










 ワシから行けたらどんなに良かったか───すまんな、葵……











「あの鈴の話、本当は私の社の言い伝えなんです」
「………?」
「でも、海は繋がっているんですし、きっと叶いますよね。忠勝さんもそう思いません?」
「!!!!!」



戻るか?
それとも
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