「彼は君の婚約者だったんだ」
「……………」









 日菜の顔はただ驚きで一杯だった。
 婚約者、その言葉はきっと一般の人から聞いたらきっと幸せな者達の「証」の言葉だろう。好きな人と結ばれるための『言葉の証』。だが、今の日菜からしてみれば考え難いことだ。今の彼女は石田三成という男を愛していない。それ以前に、彼のことを分かっていない。
 日菜は考えた。何故、彼と婚約者だったのだろうと。しかし、その答えはあまりに簡単だった。





 ”記憶がなくなる前の私が望んだこと”






 夏の日差しが強くて眩しいと思われるが、日菜は太陽を見つめた。やはり眩しくて目を細めて右手で日陰を作った。
 しばらくそうしていたが、彼女は顔を下ろして慶次の方を向いた。








「今の私だったらあなたを選ぶけど」
「えっ!?お、俺?」
「うん。だって、あなたは見る限り優男でしょ?」
「いや、優男では………」
「私から見れば優男よ。私は優しい人が好き」
「…………どうして?」
「そういうものじゃないの?」









 何の不思議な顔もせずに彼女は坦々と話す。それが普通、それが当たり前と。
 慶次はその言葉を聞いて少しずつ笑顔が薄れていった。






「ねぇ、日菜ちゃん」
「?」
「君の気持ちはどうなんだい?」
「私?」
「それが普通とか関係なくさ、日菜ちゃんの気持ちはどう?」







 日菜はその言葉を聞いてまた考える。だが、自分の気持ちもまだ整理出来ていない日菜はただ「分からない」と言うことしか出来なかった。






「そりゃそうだ。日菜ちゃんは起きたばかりなんだ。分からなくて当たり前なんだよ」
「………」
「……俺は、日菜ちゃんが好きだよ」






 日菜は驚くように目を見開いた。そんな日菜を前にしても慶次は言い続けた。






「日菜ちゃんのことが好き。だけど、その好きは恋として好きではないから安心してね?俺はさ、寧ろ日菜ちゃんと三成が結婚するって聞いて嬉しかったんだ」
「………何故?」
「だって2人は外側から見てる俺らから見ても本当に穏やかで幸せそうだったんだ。…そんな2人がやっと結婚するって言い出したとき、すごく安心した。心の底から、おめでとうって言いたかった。だから、嬉しかったんだ」







 慶次が話すその姿はとても活き活きしていた。本当にそうなってよかったと身体全体で、表情で、声のトーンで分かりやすく表現されていた。






「だから、さ。思い出して欲しいんだ」
「慶次………くん?」
「慶次でいいよ、日菜ちゃん!でも、焦らなくていいんだ。少しずつでいい。秀吉や半兵衛、それに刑部もそう思ってるはずだよ」







 あっ、と思い出したようにまた日菜の方を向いて笑って慶次は言う。







「三成も、気の難しいやつだけどそう思ってるはずだよ」







 その笑顔が太陽に反射されて眩しかった。その笑顔があまりに眩しくて思わず見入ってしまった日菜。
 だが、慶次や他の皆の言葉を聞けば聞くほど、何故か日菜の中で何かが重くのし掛かったのだった。



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