『三成ー』
彼女の声が聞こえた気がした。
『暑いから影にいこー』
影に行ったところで何も変わらんぞ
『あなたはそうかもねぇ。けど、熱中症になるよりいいでしょー』
そう言って彼女は笑った。暑いと言いながら首もとの服で仰ぐ。夏の光景はこの光景がよくあったものだ。
「三成ー。お、いつの間にか叫んでないや」
しかし、そんなのももう夢現。名前を呼ばれたため、私は後ろに振り向けば名前を呼んだ張本人であろう前田が手を振り、その前に刑部が車椅子に座って右手を上げていた。
そして、その横に─────
「あの人が三成?」
「そうだよ、日菜ちゃん」
「…………」
日菜が、いた。記憶を無くして全てのことを無くした日奈が……。
日菜は影になっている部分から出て行き、私のところに近付く。
「こんにちわ、三成」
「…………あぁ」
名前で呼ばれてると言うに、どこかよそよそしい。
これが今の彼女だ。
「名字は何?」
「……石田だ」
「石田三成、かぁ」
そう言って日菜は何かを考えるように顎を手で掴む。
あぁ、これは悩んでいるときにする仕草だ。
「…………私って記憶喪失なの?」
「そんなことも忘れたのか」
「せめて自覚がないのかって言ってほしかったわ」
記憶喪失だろうが。現に私の名前を忘れているではないか。
それに気付かないというのか……?
「でもやっぱり思い出さないのよね。あなたの名前と顔を見たら思い出すかなぁって思ったけど」
「………………」
「な、なんかヤバくない?三成……」
「爆発するやも知れぬなぁ」
「知れぬなぁって…大谷さーん、何とかしないの……?」
「我が出たら我が被害に遭うだけよ。ヒガイに、な。ヒヒッ」
どうして思い出さない………何故思い出さない……!!
腸が煮えくり返る。腹立たしい……!
私は貴様の──────
「三成────」
「何故思い出さない!!何故だ、日菜!」
「え……──」
「貴様にとって私はその程度だったということか!?答えろ、日菜!!」
「あの………」
「あーー!ほらこうなっちゃったよ!ほら、三成!どーどー!」
私を宥めるように前田がしゃしゃりでてきた。それも日菜の前に立って。私は聞いているだけだ!
何故なのだ………私のことはともかく、秀吉様や半兵衛様のことも忘れたと言うのか……!私はそれが一番腹立たしい!
「どけ、前田!」
「言っておくけど日菜ちゃんは今さっき起きたばっかりなんだよ!?さらには記憶喪失って診断されたんだから、すぐに思い出すなんてないでしょ!?まずは三成、あんたが落ち着いて。な?」
「……………」
私の肩を持つなりそう言ってきた。一理あるが、やはり私は腹立たしく思った。せめて秀吉様と半兵衛様のことを思い出せと言いたくなる。
…………私のことより、お二人のことを……
私は黙って刑部の方に向かい、前田と日菜は置いていった。
「………ふぅ。大丈夫?日菜ちゃん」
「………えぇ。……ねぇ、私はあの人の何だったの?」
「…………それはね」
婚約者だよ
そう言ったときの日菜の顔は驚きでいっぱいだった。
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