時は一気に進んで3年後。政宗と名前は8才になった。

 行動を共にしていた政宗と名前は、小学校入学の時もそれ以降の登校も一緒に行っていた。
 常に一緒、それが普通だった。小十郎も名前の母親もそう思っていた。だが、それはぷつりと糸を切ったかのように、ある日を境になくなってしまった。







「まー、学校いこーよー」







 突然、政宗が家の中から出なくなってしまったのだ。
 何故出なくなってしまったのか、名前には分からなかった。その理由を知っているのは、名前が考えた限り1人しかいなかった。







「こじゅーろー、まー、どうしたの?まだ熱が下がらないの?」
「…………いや、熱は下がっているんだ」








 政宗が家を出なくなってしまった3週間前のことだ。政宗の右目の周りに瘡蓋(かさぶた)のようなものが出来ており、政宗はそれをポリポリと掻いているのがよく見られた。
 汗疹か何かだと思っていたため、とりあえずかゆみ止めの塗り薬を塗ってあげてから政宗を学校に行かせた。
 だが、政宗はその日、高熱を出して学校で倒れた。小十郎は仕事を途中で抜け出してすぐに病院に連れて行った。政宗が倒れた近くに名前が一緒にいたので、高熱を出してたことを名前は知っていた。









「熱が下がってるのにまだ学校に行けないの?」
「…………」







 ただでさえ渋い顔の小十郎の顔が更に目尻に皺を寄せる。名前は小十郎がそんな顔をするのを初めて見たため、顔を傾けた。







「こじゅーろー?」
「…………なぁ、名前」







 小十郎は名前と目線を合わせるためにしゃがみ込み、名前の肩に両手を置く。








「政宗様の片目が無くなったとしても、政宗様の友達でいてくれるか?」
「…………?かため?まー、どっか悪いの?」







 名前の眉は少し下がり、心配そうな顔になりながら小十郎の話を聞いた。







「………あぁ、そうなんだ。政宗様の右目が……病気で腐ってしまってるんだ」
「くさる…………?どうして目がくさるの?」
「そういう病気なんだ」
「目が…くさっちゃう、病気………?」








 小十郎は名前の肩を掴んでいる手を強くした。まるで、自分の身体が震えるのを抑えるように。








「本当なら皮膚に”あばた”というものが出来てしまうものらしいんだが、政宗様の場合、目の中にその腐る原因の病原菌が出てるらしい」
「あば…………びょげき…?」
「故に、今の政宗様の目の状態は、右目が飛び出ている状態なんだ」
「目が、とびでる……」







 小十郎の話について行こうとするものの、分からない単語が出てきてしまって頭が混乱した名前だったが、唯一分かった言葉があった。
 《目が飛び出ている》、その言葉だけが強く名前の中で印象に残った。







「政宗様はこう言うんだ」









『オレの両目がなきゃ、あいつは、なまえはオレを見てくれない……だから、オレはこれを切り取りたくない。だけど、こんな姿のオレは見られたくない…!』











「──そう言っていた。………名前、その答えを政宗様に伝えてくれないか?」







 名前は小十郎のほうを真っ直ぐ見ながら、手に拳を作って強く握った。そして、首を大きく縦に振った。
 政宗の家からでは会ってくれないらしいので、自分の部屋から話そうと思い、自分の家に戻ろうとした。が、ふと、小十郎に言いたいことを思い出したかのように家の方向から小十郎の方に向いた。







「こじゅーろー!わたし、まーの目がくさっていても、まーとは友達でいたいとおもうよ!だって好きなんだもん!」
「……あぁ、ありがとう。それを政宗様にも言ってくれ」
「うん!…………あ、こじゅーろーも好きだよー!」









 思ってもいなかった言葉に小十郎自身、少しキョトンとしてしまったが、すぐにフッと笑いながら「おう」と小さく言った。


 名前はすぐさま家に戻り、ただいまの挨拶もなしに部屋に戻った。机の下にある箱を開けて、何かを取り出した。
 そしてベッドに乗り、政宗の部屋が見える窓を開けた。だが、政宗の部屋は窓とカーテンがきっちりと閉まっていた。名前は遠慮なしにガンガンと政宗の部屋の窓を叩いた。







「まー、まー!あけて!話しよ!」







 だが、政宗が出る様子はなかった。小十郎の言うとおり、誰にも目のことを見せたくないのだ。名前自身はたとえ見たとしても嫌いにならない自信はあった。







「ねぇ、まー。ちょっとだけでいいからまどを開けて。わたしたい物があるの」







 なかなか開かない窓の前に座って政宗を呼びかける名前だが、めげずに何度も呼びかけた。話がしたい、窓を開けてよ、窓を叩きながら何度も呼んだ。
 呼びかけてから数十分したとき



 ガチャン────




 窓の鍵が開いた音がした。その後に続いて鈍くゆっくりギシギシと音を立てながら、少しだけ窓が開いた。
 それを見た名前はすかさずその隙間に、箱から取り出した物、昔名前と政宗が遊んでいた糸電話の片方を政宗の部屋の中に入れた。
 糸が張るの見てから名前はもう片方の紙コップを両手で持つ。







「まー、聞こえる?」







 返事はなかった。だが、名前は話を続けた。







「こじゅーろーから聞いたけど、まー、目がいたいの?びょういんに行かないの?わたしがいつもまーの目がキレイって言ってるから?」






「あのね、まー。わたし、まーの目が片方だけになってもきらいにならないよ。だってもう片方の目があるじゃん」







「まー、びょういんに行こ?じゃないと、いつまでも部屋にとじこもってたらダメだよ」







「…………まー、返事してよ……」







 ポタリ、ポタリ。

 紙コップに涙が落ちる。普段は泣かない名前だが、政宗があまりに何も反応しないせいで、どうしていいのか分からなくなったのだ。
 小さい頭の考えなりに考えた言葉で、精一杯の励ましの言葉だった。そんなときだ。







『………なぁ、なまえ』








 か細い声だったが、名前の耳にはちゃんと届いた。目に溜まる涙を拭って名前はそっと紙コップを自分の耳に当てる。








『オレのこと、きらいにならないか?目が1つだけになっちゃうんだぞ?』







 名前はその言葉を聞いて政宗の部屋の窓を一発叩く。だが、紙コップは手に持って政宗にも聞こえるように、紙コップを口に近づける。







「きらいにならないって言った!きらいになれないもん!」
『………』
「だってまーはまーなんだよ?目が一つになってもまーなんだよ。……目が一つになっちゃうのはちょっとさみしいけど、でも、もっといやなのはまーと遊べないことだもん」
『………なまえ』
「わたしは、まーが好きだもん!」
『!?』








 突然の言葉に驚く政宗だが、名前には見えてないため、#遠慮なしに話を続ける。








「まーとこれからもお友だちでいたい。どんなまーになっても、わたしはまーとお友だちでいたいよ。まーはどう?」
『…………おれも、なまえと、友だちでいたい』







 政宗はギュッと紙コップが潰れない程度で握った。泣きそうになりながらも必死に堪えながら、政宗は窓を更に大きく開けた。







「友だちでいろよ!ばーか!!」







 鼻から水を抑えるために鼻を啜り、名前に今の自分の顔を見えてしまうのを構わないとばかりに名前を見た。その顔はとても酷く、政宗の右目の周りを蝕んでいる”何か”が痛々しく、見ているだけで苦しかった。
 だが、名前は少し間を空けてから紙コップを部屋に放り出し、政宗が顔を出している窓に駆け上った。そして、政宗に近付くなり政宗の頬を挟むように、パチンと両手の手のひらで顔をつかんだ。







「友だちでいるもん!ばーか!ばかばか!ばーーーか!!!」
「ばかって何度も言うな!!ばーか!」
「ばかって言った方がばかだってお母さんがいってたもん!ばーか!」









 そんなやり取りを何度もした後、2人は変に笑った。

 ”友達で、好きでよかった”

 お互いがそう同時に思うも、互いにその気持ちを知らず知らずに隠した。


 そうして政宗は病院に行く決意をして、名前は政宗の帰りを待つのであった。







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