切なとりっぷ




猿夜叉丸‥‥浅井長政の幼名




























「長政様……!長政様!!」









 あぁ、貴様のその泣きっ面の顔が見たいわけではない。それが見たくて助けたのではないのだ。









「長政様!!」
「………市、」








 彼は伝えたい言葉を言えずに、彼女の顔をそっと撫で、その手はパタリと力無く地面に落ちた。









 ━━━━━━








 昔、変な夢を見たことがある。今の妻・市と同じ姿をしているが、非常に幼く、今よりか弱いという言葉がよく似合っている、小さな女の子を夢の中で見たことがある。
 名前は………何だっただろうか?が、所詮夢だ。覚えている訳がない。









「…………だが、ここは何処だ」








 そう、あの時の夢と同じ風景を今、私は体験している。いや、覚えているはずがないのに何故こんな風景を覚えているのだ?
 ………なるほど、これは夢か。そうかそうか。








「ははっ…………はっ………………………にしてははっきりとしているな………」








 夢とは何か違う何か。現実?いや、違う。

 では何だ?

 そういえば、妙にこの城が大きく見えるな。








「………………」
「…………だぁれ?」








 ふと声を掛けられた気がしたので後ろを振り向く。そこにいたのは夢で見た人物そっくりだった。








「いちはね、市っていうの」
「っ!!」








 市だと?この小さい子が?
 私の知っている市とは違って少し焦るが、これは夢だ。







「あなたは何て言うの?いちと同い年に見えるわ」
「なに………?」
「ちがうの?」








 私は市が言ったことに耳を疑い、近くにあった池で自分の姿を見ると、小さい頃の私がそこに映っていた。
 夢なら何でもいいとは限らんだろう!こんな仕業をしたのは誰だ!







「悪め!悪は削除するぞ!!」
「悪って言うの?」
「私は断じて違う!!!」
「ご……ごめんなさい…………」
「あ…………」








 しまった…………また市を怖がらせてしまった……。癖で頭を掻く。
 市に謝られたくないんだ。







「………猿夜叉丸」
「……?」
「猿夜叉丸と呼べ。分かったか?」
「…………うん…!猿夜叉丸さま!」







 …………そうだ、その顔だ。私が見たかったものは━━







「………市」
「なぁに?猿夜叉丸さま」
「………その、……ずっと…………その顔で……」
「………………?」







 あーっ!!何段々と声を小さくしているのだ!悪だっ!悪は削除するのだろう!市に”あの時”伝えられなかったことを伝えるのだ!!

 さぁ!!!







「~~~~~~っ!!」
「猿夜叉丸さま……どうしたの?ぐあいが………わるいの?」
「市!!」







 あ、また驚かせてしまった………市が一瞬目を瞑って怯えてこちらを向く。
 こうなれば、どうにでもなれ!







「泣くな!市!めそめそと泣くな!」
「め、………めそめそと泣いてないわ……」
「だっ、だったら………さっきの!」
「……………?」
「泣くより、さっきの顔を私に見せろ!!」








 すると市は少し考えて分かったのか、くすりと私に向かって笑う。
 胸の奥で何かが強く打ったのは言うまでもない。そう、私は市に








「……………それだ。分かったか?」
「ふふっ………猿夜叉丸さまはおかしな人ね」
「………うるさい」
「いち、猿夜叉丸さまのこと、だいすきになったわ」
「……………」







 市、その笑顔を絶やさないでくれ。
 私が死ぬまで、私と共にいるその時だけでもいい。
















いつまでもその笑顔を、私に見せてくれ







「…………めそめそと泣くなよ」
「うん。めそめそと泣かないわ」



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