※キャラ視点です
部屋いっぱいに、あまいにおいが広がる。
甘酸っぱい、林檎のにおい。それと、バターの焼けるいいにおい。
甘く煮た林檎をパイに詰めているから、アップルパイという名前なんだとなまえから聞いた。
前にブレイブが食べているのを見たことだけはある。
なまえ曰く、『本当の焼きたてを食べられるのが、手作りの醍醐味』らしい。
けれど、当の本人はオーブンにアップルパイを入れた直後に足りないものがあると慌てて出かけて行ってしまった。
あんなに焼きたてにこだわっていたのに、間に合わないんじゃないかと思いながら、オーブンの残り時間を確認する。
あと一分。
その時、がさがさ、ばたばた、玄関の方で音がした。
廊下のドアがあいて、コンビニの袋を提げたなまえが顔を出す。
「間に合った?」
「ああ」
俺が頷くと同時に、できあがりを知らせる電子音が鳴る。
ああよかった、と笑いながら、なまえは袋をキッチンに置いた。
手を洗うなまえの代わりに、ミトンを嵌めて、オーブンからアップルパイを取り出す。
取り出したもののどこに置けばいいかわからなくて、俺は天板を持ったまま立ち尽くした。
手元の天板の上のアップルパイは、網目から覗く林檎がじゅわじゅわと音を立てている。
「…いい匂い」
思わずつぶやく。
なまえは上機嫌で皿を二枚取り出した。
「パラド、それ、コンロの上に置いてくれる?」
「わかった」
ふと、さっきなまえが買ってきた袋の中身が気になって、キッチンの台の上に置かれたコンビニの袋の中をちらりと確認する。
「アイス、か?」
「そう、バニラアイス。それ開けてもらっていいかな」
「え、食べるのか」
「うん」
そう言いながら、なまえがざくりざくりとアップルパイを切り分けて皿にのせる。
アイスの蓋を取って差し出すと、なまえはスプーンを出してきて、くるりと大きな楕円形にアイスクリームを掬った。
そして、それを皿の上のアップルパイにのせて、俺に渡す。
もちろん、焼きたてのパイの断面からはまだ湯気が上がっていて、俺はびっくりして声を上げた。
「なまえ!溶けるぞ」
「そうそう、溶けちゃうから早くね」
もう一つのパイにもアイスクリームをのせて、なまえは早く早くと俺の背中を押す。
テーブルについて、いただきますと急いで手を合わせると、アイスと一緒に食べてねと念を押された。
ざくりとパイにフォークを入れる間にも、アイスクリームはどんどん溶けていくから、慌てて一口目を頬張った。
「あふ、…つめたい!」
熱いと思った瞬間、アイスクリームが舌に当たって冷たい。
甘酸っぱかったり熱かったり冷たかったり甘かったり、口の中に色んな感覚が一気に押し寄せる。
ざくり、ざくりと夢中で二口、三口と口に入れた。
「これ、美味い」
勢いよく顔を上げると、なまえは嬉しそうに笑いながらこっちを見ていた。
「そうでしょ!一回パラドに食べて欲しかったんだよね」
「なんで」
「甘酸っぱかったり熱かったり冷たかったり甘かったりして、面白い反応するだろうなぁと思って」
「…勝手に面白がるなよ」
「でも、おいしいでしょ?」
「それは…美味いけど」
「一番見たかったのは、美味しそうに食べてくれる顔なんだけどね」
その様子に、俺はちょっとだけ首を傾げた。
なまえの言うことは分かりそうで、まだわからない時がある。
そんなことを考えているうちに、アイスクリームはさらに溶けてきていて、俺は慌ててフォークを握り直す。
こころがおどるなぁ、となまえが呟くから、真似すんなよと笑い返した。
おしまい
補足