休日にショッピングモールで買い物を済ませて、お茶でも飲もうかとフードコートを覗いたら、新しくクレープのお店が入っていた。
店頭に出ているメニューはどれも美味しそうだ。

でも、すぐにその食べにくさを思い出して悩んでいると、後ろから声がかかった。


「…なまえちゃん?」


振り返ると、見慣れた顔。


「あれ、貴利矢さん。こんなとこで会うなんて」
「ほんとだよね。自分あっちの方から見ててさ、なまえちゃんに似てるなーって思ってたら本人なんだもん。なに、クレープ食べたいの?」
「えっ見てたんですか」
「自分もなんか食べよっかなーと思ってふらふら来たとこだし、一緒に食べない?」


あんまりいい笑顔で言われて、実は迷ってたんですとも言えず、私は貴利矢さんと一緒にお店の列に並んだ。





「クレープって、好きだし食べたいんですけど、どうも食べにくくて」


できたてのクレープは、ずっしりと重い。
トッピングにはチョコレートにバナナと生クリーム。
どうせならと貴利矢さんが私の分まで勝手にアイスクリームを追加して、さらっとご馳走してくれたのは嬉しいけれど、残念ながら私には上手く食べられる自信がない。


「いつも綺麗に食べられないんですよね」
「そう?」
「紙にくっついて破れてソース出ちゃったりしません?」


そう言いながら、私は紙をめくってクレープを引っ張る。
やっぱり今日も紙にくっついたクレープは破れてしまって、ソースが巻紙に出てきた。
それを見た貴利矢さんが、あーあ、と声をあげる。


「それじゃ破れるよ。ほら、こーするの」


貴利矢さんは、そう言って自分の手元のクレープの巻紙を三分の一くらい破った。


「…で、ある程度食べたら、指で押さえながら紙から剥がして引っ張り出す。あと、食べる時は中身ちょっとずつ押しながらね。オッケー?」


これだと綺麗に食べられるよ、と貴利矢さんは私にハイと自分の分を差し出す。
なんとなく反射的に受け取ると、私が破いたクレープはひょいと取り上げられてしまった。


「えっ」
「自分こっちでいいから、それ食べな。中身一緒だし」
「でもそれ結構派手に破けちゃって…ちょ、貴利矢さん!」


私の言葉を無視して、貴利矢さんがクレープにかぶりつく。
溢れた生クリームと溶けたアイスクリームが、貴利矢さんの手にぼたりと零れた。


「うわっ超食いにくい」
「あぁ、だから言ったのに!」
「なるほどねー、確かにキレイに食べられないわけだ」


貴利矢さんは私が慌てて出したティッシュを受け取りながらカラカラと笑っている。


「なんかすみません…」
「いいのいいの、その代わりそれ、うまく食べてよ」


言われた通り、少しだけ具を押して食べ始める。
零れる気配も、クレープが破れる気配もない。


「…美味いね、このクレープ」
「うん、すごくおいしいです」


貴利矢さんは器用に巻紙を使って食べているけど、やっぱり一度破れてしまったクレープは食べにくいらしい。
結局、ベトベトと手に付くチョコソースのことは食べ終わるまで気にしない事にしたみたいだ。


「他の味もすごく美味しそうでしたよね。キャラメルとかもすごく迷ったんですけど」
「あー、あれね、たしかに。あっちも美味そうだった」
「今度来た時に食べてみようと思います」
「…今度から上手く食べられそうだし?」
「お陰様で」


貴利矢さんは、へーえ、と頷く。


「じゃあ今度来るときは、なまえちゃんがほんとに上手く食べられるようになったか確認しないとね」
「子供じゃないんですから」


そう言いながら、私は最後の一口を口に入れた。
手は汚れていないし、紙にソースも零れていない。

嬉しくなって真っ白なままの巻紙と汚れていない手を見せる。

貴利矢さんは完全に面白がっているトーンで、「すごいじゃん」と言って可笑しそうに笑った。


おしまい



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