※名前変換ありません。





「あれっ飛彩さん」
「…まだいたのか」
「いえ、いたのかっていうか…午後出でしたし、当番でしたし」
「ああ…そうだったな」


疲れ切った顔でCRの階段を上がってきた飛彩さんは、いろいろとキャパオーバーみたいだ。
いつだってクールでシャキッとしているのに、珍しい。


「というか、もうとっくに帰ったと思ってました。呼ばれてたんですね、救急」
「他に担当出来る医師がいなかったからな」
「…糖分補給必要そうですけど、あいにくスイーツはないんですよね」


よろよろと椅子を引いてドサリと腰かけた飛彩さんに、コーヒーを出そうと、マグカップを出す。


「砂糖とミルクなら大量にありますけど」
「馬鹿言え。監察医と一緒にするな」


お湯が沸くのを待つ間、眉間を揉んでいる飛彩さんを見ながら、今日の彼のスケジュールを思い出す。


「飛彩さん、もしかして夕飯…」
「食べられると思うか」
「ですよねー…」


それで合点がいった。
イライラの原因は、糖分不足よりむしろ空腹にあるみたいだ。


「コーヒーじゃなくて、スープ飲みません?」
「スープ?…そんなものあったか?」





ほこほこ、二人分のマグカップから湯気があがる。
飛彩さんは、私がちょうどよくおやつ用に持ってきて提供したクラッカーをマグの上でパキパキと割った。


「激務ですね、心臓外科」
「いや、今はどこの科も同じだろう」
「あー…まあ、そうかもしれませんね…」


何日か前に、CRの机にべしゃっと突っ伏していた当直明けの永夢の姿が甦る。
今日は家に帰っている筈だけど、ちゃんと眠れているだろうか。


「何かできたらいいなーと思いますけどね、出来る事は限られてるから、あんまり思いつきませんし」
「そうだな」
「あはは、ハッキリ言いますね」
「『そんなことはない』と言って何になる。お前自身そんな言葉には意味がないと思ってるんじゃないのか」


ああ、やっぱり、飛彩さんは嘘をつかない。吐けない、という方が正しいか。

私は苦笑しながらポタージュに息を吹きかけた。

飛彩さんの言う通りだ。
だからどうという事もない、独り言の愚痴みたいなもの。
慰めて欲しい気持ちがほんのちょっとでもなかったかといえばそれは嘘かもしれないけれど、ただ慰めて欲しいなら、永夢や貴利矢さんに言うべきで。

クラッカーを割り終えた飛彩さんがスプーンでマグをかき混ぜる。


「しかし、出来る範囲でやってるだろう。…例えばこういうものを揃えたり、な」
「私が持ってきたって言いませんでしたけど、やっぱり飛彩さんもわかりましたか。永夢も貴利矢さんも、私が持ってきたって思ったみたいで」


お昼やちょっとした時なんかに飲むのにいいかと、顆粒のコーンポタージュを箱ごと持ってきたのは今日だ。
お徳用の売り文句に違わずたくさん入っていて、CRの他のメンバーも飲めるようにコーヒーマシンの横に置いた。

休憩から戻ってきたら永夢が飲んでいてお礼を言われたし、貴利矢さんはタイミングが合わなかったから会っていないけど、メモが置いてあった。


「そもそも他に可能性がないだろう」


そう言って、飛彩さんはスープに口をつける。
ザクザクとクラッカーを咀嚼する音が響いた。


「…お前が出来る範囲でCRの為にやっていることは、みんな分かっているということだ。それに、前に俺は『人には出来る事と出来ない事がある』と言わなかったか」


飛彩さんは表情を変えることなく、またスープに視線を戻す。


「あれは、お前の事だけを言ったつもりはなかったんだが」


その言葉を聞きながら一口飲んだポタージュは、とろりと温かい。
じんわりと心まで温かくなった私は一言、そうですか、と呟くのが精いっぱいだった。


おしまい


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