売店から気まぐれに買ってきたわらび餅のラップを開けて、愕然とした。


「…うそお」


私のつぶやきに、暴力的な量の砂糖とミルクを投入したコーヒーを啜りながら、貴利矢さんが手元を覗き込んでくる。
私がそれを箸で持ち上げて見せた瞬間、貴利矢さんはウェッと顔を顰めた。


「…うわ…ナニソレ…」
「たぶん…わらび餅…」
「食べられんの?ていうか食べ物なのそれ」
「食べ物ですよ。食べ物ですけど、食べられ…うーん…」


本来なら、一口大のわらび餅だ。
それがトレーの中でなぜか全部が見事にくっついていて、箸でつつこうが引っ張ろうが離れないし千切れもしない。
水で洗えば離れると聞いたけど、これはもう、くっついた部分が一体化してるからきっと無理だ。

もう切ってしまおうとナイフとフォークを出してきたその時、タンタンとCRの螺旋階段を上がってくる、聞き慣れた足音。
私と貴利矢さんは、顔を見合わせた。


「適任者のお出ましだな」
「ですね」


私と貴利矢さんが二人して勢いよくそちらを向いたものだから、飛彩さんは階段を上がってすぐのところで面食らったように立ち止まった。


「……な、なんだ、俺に何か用か」
「よっ、大先生!何でも切れる天才外科医!」
「待ってました飛彩大先生!今から休憩ですね!?」
「……」


ややしばらく私達の様子に戸惑っていた飛彩さんは、私の手元を見て、察したように溜息を吐いて、椅子を引く。
その両手が、スッと上がった。


「俺に切れないものはない。…メス」
「…あ、はい」


無駄のない動きで、スッスッとナイフが入っていく。
…が、しかし。


「…あれ、これ切れて、ない…?」
「あー、ほんとだな。くっついてる」
「なんだと!?」


カッと目を見開いた飛彩さんが、再びナイフを握る。


「くそっ、この妙な弾力のせいか!そもそも元はどうなっていたんだ!」
「あっちょっ大先生そんな力任せにやったらトレーに穴空いちゃうから!てか、きなこ飛ぶ!」


わらび餅がちゃんと食べられる状態になることを祈りながら、私はお茶を淹れようと背を向けた。





数分後、私達三人は、やっとのことで一口大に切り分けられたわらび餅を囲んでいた。

恐る恐る一つを箸でつまんだ貴利矢さんが、口に放り込んで、何とも言えない顔をした。
私も一つを口に入れる。これは。


「なあ、なまえちゃん。わらび餅って、こんなんだっけ…?」
「んんん…ちがい、ますよねぇ…」


飛彩さんが、眉間に皺を寄せた。


「…不味い」
「ちょっ、大先生直球すぎ!」
「なんだ、この妙な歯ごたえは」
「うーん、確かに、何ともいえない妙な弾力ですよね…」


仕入れから少し時間が経っていたのかもしれない。
くっつくだけじゃなく、わらび餅から水分が出てしまって、確かに食感が微妙な感じになっている。

けれど、なんだかんだ言いながら、二人とも一緒に食べてくれる。
段々可笑しくなってきて、ついに私は堪え切れずに笑い出した。


「何が可笑しいんだなまえ」
「いや、だって、どうしてわざわざ美味しくないって言いながら、延々と三人で食べてるんだろうって」


きょとんとしていた貴利矢さんが、私の言葉を聞いて吹き出した。


「なんとなく食べてたけどそういえばそうだわ。ていうか大先生、自分で持ってきたケーキどしたの」


その言葉に、飛彩さんが端に追いやられたケーキ箱にハッと視線を向けた。
どうやら忘れていたらしい。


「…まあいい。この後の休憩時間に食べる」


三人全員が食べ続けている理由も、ケーキの事をすっかり忘れていた理由も、みんな何となくわかっている。

一緒に食べるのは、どんなに美味しいものを一人で食べるよりも、なかなかに楽しい。
だから、微妙な食感になってしまった可哀想なわらび餅に結局全員が手を出している。

楽しいから、やっぱり美味しい気がする。

ふと顔を上げると、飛彩さんはしょうがないなと言いた気に口角を上げているし、貴利矢さんはふはっと笑った。

二人の顔を見て、確信する。
今考えていることはきっとみんな一緒だ。


おしまい



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