衛生省からCRへの帰り道。
行きより二つ増えた荷物に目をやって、自分の口角が上がるのがわかった。
そう大きくない紙袋二つ。
一つは日向審議官からのお土産のイギリスの紅茶で、もう一つはさっきお店に寄って調達した、焼きたてのスコーン数種類とクロテッドクリームと、使い切りのジャム。
CRでも飲みやすいようにといただいたティーバッグ紅茶は、なんでも出張のお土産だとかで、日本でもよく見かけるブランドだ。
けれど、そのブレンド自体は日本では手に入らないものらしい。
「楽しみですね、黎斗さん」
「檀 黎斗神だぁ!」
バグヴァイザーの小さなモニターに向かってそう言うと、ものすごい剣幕の返答。
画面目一杯に寄ってくる迫力は相変わらずだけど、残念ながらいつもの文句には私もさすがに慣れてきている。
CRに帰ってからの楽しみを思って機嫌がいい私には、黎斗さんの叫びなんて何程のものでもない。
*
「ただいま戻りまし……あれっ」
機嫌よくCRの階段を上ると、珍しく誰もいない。
勉強会やなんかに行っているメンバーを除いても、誰かしらいるはずだったのだけど。
「すぐ戻ってくるかなぁ…。まあ、いっか。どうせ黎斗さんもすぐ戻らないといけないですしね」
ボタンを押すと、データの粒子が辺りを舞って、瞬く間に黎斗さんを形作る。
「一人で寛いでないで手伝ってください」
実体化するなり、椅子にかけて悠々と足を組んだ黎斗さんにそう言う。
黎斗さんの分、私が食べちゃってもいいんですか、と言って、紅茶の入った紙袋を押し付けると、不服そうな顔を見せながら立ち上がった。
最近、貴利矢さんに『最近なまえちゃんも神の扱い方慣れてきたよね』なんて言われたのを思い出す。
ポッピーも頷いていたけど、確かにそうなのかもしれない。
**
ふわりふわり、広がる紅茶の香りは、柔らかくて華やかだ。
マグカップを口に近づけた黎斗さんが、ほう、と息を吐く。
「たまには紅茶の香りもいいものだね」
「黎斗さん、いつもコーヒーしか飲んでないですもんね」
「というかここはコーヒーしかないだろう」
「んん、そうでした」
黎斗さんの長い指がスコーンを割って、器用にバターナイフでクロテッドクリームを塗る。
その妙に手慣れた様子に、私は首を傾げた。
「なんか、こういうの食べ慣れてます?」
「ん?…ああ、前に行っていた店でたまに食べてはいたけどね」
少し思い出すように上を見て、黎斗さんが呟く。
「え、どこの喫茶店ですか?」
「会社と衛生省のちょうど間くらいじゃないかな」
「…もしかして、雑居ビルの地下にある喫茶店ですかね?テイクアウトもやってる」
「ああ、たぶんそこだな」
聞きながら、私も割ったスコーンを齧る。あまりパサパサしていないスコーンで、付けたクロテッドクリームがすごく濃厚だ。
「話聞いたことあるだけで、ちゃんと場所も知らないし入ったこともないんですけど…そのお店、スコーンも美味しいんですか?」
「ああ。これより少し大きめだったかな」
スコーンは、お店によって特色が出る。ちょっとそのお店のも食べてみたい。
「ねえ、黎斗さん。そのお店、衛生省とゲンムコーポの間あたりにあるんですよね?」
「…なまえ、まさか、行くつもりでいるのかな?」
頂いた紅茶はまだまだたくさんある。
CRでお茶の時間が楽しめるうちに楽しんでおきたい。
だって黎斗さんだって食べたいでしょう、と言うと、ほんのりした笑顔が返ってきた。
「いいだろう、道案内はするよ。今度衛生省に行った帰りに寄ろうか」
「やった!」
とは言ったものの。
…あれ、これ、黎斗さんを出歩かせることにならないだろうか。
「黎斗さん、もしかして、」
「なまえは本当に、食べる事が好きだね」
…前言撤回、扱い慣れてるのは、私じゃなくて黎斗さんだ。
言いかけた言葉は歌うような声に飲み込まれて、結局私は何も言えずに、自分の紅茶に息を吹きかける。
ふわっと上がった白い湯気の向こうで、黎斗さんが得意げに笑った。
おしまい