「あーなまえさん!よかった、誰もいなかったらどうしようかと」


CRの階段を上がってきた永夢は、私の姿を見るなり嬉しそうな声を上げた。


「なーに、なんかあったの?」
「昨日オペした患者さんのご家族の方がいらっしゃったんです、それで、CRの皆さんでどうぞって頂いて。ドーナツみたいなんですけど」


永夢が持ち上げた袋のロゴは見覚えがある。
何年か前に日本に初出店して、ものすごい話題になったドーナツ専門店だ。


「有名なお店のだよそれ!」
「あ、そうなんですか。僕詳しくなくて…」
「えっ食べていいの?」
「なんかたくさん買ってきていただいたみたいで。人数分以上あるんじゃないかな」


永夢が箱を開けると、甘い匂いが広がった。
チョコレートがかかったものや、砕いたナッツがまぶしてあるものに、つやつやのシュガーコーティング。イチゴチョコや、何か季節限定らしきものも入っていて、思わず、うわぁ、と声が出る。


「永夢、休憩は?」
「今からです。なまえさんは?」
「あと20分」
「じゃあ一緒に食べましょう」
「もちろん!」


いそいそとペーパーナプキンを広げる。
少し吟味して、永夢は箱の端に入っていたドーナツを指さした。


「これ、なんか美味しそうですよね」
「この前お店の前通った時に、期間限定って宣伝出てたやつだと思う」


そのドーナツは箱に二つしか入っていなくて、私と永夢が食べたらそれでおしまいだ。


「…どうする?」
「……食べちゃいましょう」
「食べちゃおっか」
「みんなには内緒ですね」


永夢が手に取ったドーナツの真ん中に開いた丸い輪を覗く。


「ところでなまえさん、ドーナツって、なんで真ん中に穴空いてるんでしょうね」
「えぇ?…火を通しやすくするためじゃない?」
「うーん、まあ、そうなんですけど」


永夢のぼやきを聞きながら、一口。
あ、おいしい。


「…なんか小さい頃、この穴って、魔法なんじゃないかと思ってたんです」
「魔法?」
「実はこれ、穴じゃなくて、ここにドーナツ美味しくする何かとか、それぞれにいろんなものが入ってるんじゃないかって。…なんて。まあ、ただの穴なんですけどね」


そう言って笑いながら、永夢も一口ドーナツを頬張る。
永夢の言葉に、私は手元のドーナツを見つめて、うーんと唸った。

たまに、私に見える世界と永夢に見えている世界は違うんじゃないかと思うことがある。

一口食べて欠けてしまった穴を覗くと、穴の向こうの永夢がきょとんと首を傾げた。


「うん、案外当たりかもしれない」
「え?」
「きっと魔法が入ってるんだよ」


私がそう言うと、永夢はくふっと笑う。


「このドーナツの穴、何の魔法が入ってるんでしょうね?」
「これはたぶんね、食べた人が幸せになる魔法。しかも、幸せ2倍の超レア」


私の言葉を聞いた永夢は、声を上げておかしそうに笑った。


「なんてったって期間限定のドーナツですもんね」


もう一口ドーナツを頬張る。
うん、なんだかいつもより美味しい気がする。

やっぱりみんなには絶対内緒にしなきゃ、なんて言って、私達は顔を見合わせて笑った。


おしまい



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