「じゃあ、頼む」
「わかりました」


大我さんからサンプルの入ったケース、CR宛ての書状とファイルを受け取る。

個人院の花家医院では、どうしても解析できるサンプルの数や種類に限りがある。
CRでは多くのウイルスの症例データを必要としていることもあって、よくサンプルを持って行って解析を頼んだりする。
いつもは大我さんが直接持って行っているけど、今日はニコちゃんもいないし、入院中の患者さんのオペがあるから、私が代理だ。


「なまえ、さっき渡したファイルだが、レーザーに前回俺が顔出した時に話したカルテって言えば分かる」
「はい。あと、CRから受け取ってくるのはこの前出したデータだけですか?」
「ああ、それだけあればいい」
「…あ、そうだ」
「なんだ」
「お昼どうします?何か買ってきましょうか?」


多分用意できない時間になっちゃうので、と言うと、大我さんは顔を顰めた。


「ここは元々俺一人でやってたんだ。ガキじゃあるまいし、飯の支度くらいどうにでもなる」
「あー。そう、でしたね…じゃあ、お願いします」


そうはいっても、基本的に『食べられればなんでもいい』の人だからなぁ。
ちょっとだけ不安になりながら、私は靴を履き替えた。





帰ってくると、台所から音がする。


「大我さん、」


洗面所で手を洗ってから台所を覗くと、黒いTシャツの大きな背中が、コンロの前で丸くなっていた。
漂うのは、ソースのいいにおい。


「戻りました。皆さんいらっしゃったので直接説明してお渡ししてきました」
「ああ。助かった」
「オペは?」
「とっくに終わった。ついさっき患者も帰ったぞ」
「そうですか。お疲れ様です。…焼きそばですよね、なにか手伝います?」
「箸だけ出せ、あとはいい。座ってろ」


言われた通りお箸を出して、いつもの位置に並べる。
大我さんが私の前に焼きそばを盛ったお皿を置いてくれた。
いただきます、と手を合わせて箸を手に取る。


「………」


見るからに野菜が水っぽい。
ソースを入れ過ぎたのか、火を通し過ぎたのか、箸で挟むと、麺がてろっとしている。


「…食べられればなんでもいいだろうが」
「まだ何にも言ってないじゃないですか」


とりあえず、一口。


「美味しいですよ」
「これがか?」
「はい」


二口めを頬張る。
少し甘めのソースは、前に私が好きだと言ったことがある。
付属の粉末ソースじゃなくて、わざわざ作ったんだ。

向かいで大我さんが、水っぽいだの甘すぎだの、文句とも反省ともつかないぼやきと共に、麺を啜る。
その妙に悔しそうな顔が段々可笑しくなってきて、私は慌てて咳ばらいをした。


「大我さん分かってない」
「何がだ」
「誰かが自分のために作ってくれたごはんって、すごくおいしいんです」
「…そうか」


それっきり、大我さんは何も言わない。
けれど、最近分かるようになった。
ちょっとだけだけど、口の端が上がっている。


「すごく美味しいです、この焼きそば」
「…俺は不味いと思ってるがな」
「そんなことないですってば!超有名店にも負けないおいしさですよ!」
「馬鹿か」


ふっと大我さんが笑う。
私も釣られるように笑う。

そんなことを言いつつ、やたらと楽しく食べていたら、あっと言う間にお皿が空に近い。


「まあ、自分で作ったものより、お前が作った方が美味いのは認める」


そう言う大我さんの表情は柔らかくて。
ああ、なんだろう、この一瞬ずつ、切り取っておきたいくらい嬉しいんだ。


おしまい



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -