段々と日が短くなってきて、陽が沈むと途端に冷え込む。
退勤後に病院から一番近いスーパーに寄って、おでんの材料を買って出てきたところで、偶然出くわしたのはパラドだった。
「なまえ!病院は?」
「私はもう帰りだよ。ほら、買い物してきたとこ。パラドはどうしたの、永夢は今日休みだったでしょ?」
「あー、永夢?ずっと寝てる」
「えっ、具合悪いの?」
「いや別に。たぶん、昨日とうちょくだったから?」
「あーそっか、当直ね。そうだよね」
「俺は暇だから外出てきただけ」
びゅう、と風が吹く。暖房の効いたお店から出てきた私は、ぶるりと身震いした。
「寒いのか?」
「うん。今日はもう帰ってあったかいもの食べようと思って。…パラドは、」
途中まで言って、首を傾げた。
そういえばバグスターって、気温の感じ方は人間と同じなんだろうか。
首を傾げたまま黙り込んだ私を、パラドは不思議そうに見た。
「…なまえ?どうかしたか?」
「うーん、やっぱなんでもない」
よいしょ、と荷物を持ち直すと、ぱっとパラドの手が私の手から荷物を取った。
「うん?」
「俺が持つ。暇だって言っただろ」
予想外の出来事にパラドを見上げて、一拍、二拍。
なんというか、永夢との協力プレイを決めたあの日以来、彼は成長しているらしい。
「…うん、ありがとう。じゃあお願いしよっかな」
私がそう言うと、パラドは褒められた子供のように得意気に笑った。
*
そんなこんなで、割と重い荷物を持ってくれたパラドが、私一人でやるつもりだったおでん鍋を挟んで向かい側に座る事になったのは、言うまでもない。
「はい、いいよー、好きなの取って食べて」
パラドは、上半身を少し乗り出して、鍋の中を興味深そうに覗いた。
「なんだこれ、真ん中に穴空いてる!」
「それね、ちくわだね。かまぼこにちょっとだけ似てるかな」
「こっちの白いのは?」
「それははんぺん。柔らかくっておいしいよ」
「あ、これダイコンだろ!」
パラドは、おでん種をいくつか楽しそうに器に取って、大きなお玉に嬉しそうにつゆを掬った。
待ちきれないというように、パラドの手元の箸が大根をさふりと刺した。
この際マナーの話はいいことにして、その様子を見守る。
パラドは、滑りやすい大根に気を取られているのか、息を吹きかけもしないで口元に持って行く。
「あ、熱いから気をつけ、」
言い終わらないうちにパラドが大きく一口を食べて、ほろり、大根がくずれた。
「あふ!あふぃ!!」
「だから言ったのに!お水お水!」
慌てて水のコップを差し出すと、あたふたと受け取ったパラドが一気に水を呷った。
「なんだこれ、舌がびりびりする」
「火傷でもした?……するのかな」
「…さあ。俺もわかんない。ゲンムならわかるだろうけど」
注意深く、今度は箸で一口大に切った大根に息を何度も吹きかけて、その一かけらがはくりとパラドの口に消える。
「じゅわってして美味い」
「よーく煮たからね、味しみてるでしょ」
どうやら口には合ったみたいだ。
物珍しそうに、色んな食材を口に運びはじめる。
勿論、一口めの大根がきいたのか、一口ごとに念入りに息を吹きかけていたけれど。
「なあ、なまえ、おでんってあったかいんだな」
「あったかいっていうより、熱くない?」
笑いながらそう答えると、パラドはちょっと考え込んだ。
「うーん、熱いって温度だろ?そうじゃなくて」
「ああ…なるほど」
「わかったのか!?」
パラドはぱちぱちと瞬きをして、不思議そうに私を見た。
「…おでん、あったかいよね。きっと人と一緒に食べるからだよ」
私がそう言うと、パラドはみるみる笑顔になって、またお玉に新しいおでん種を掬った。
「パラド、『心が躍ってる』?」
あんまり楽しそうなパラドにそう聞くと、パラドは箸を置いてちょっと考えるように首を傾げる。
けれど、すぐにしっくりくる表現を見つけたらしく、嬉しそうに口を開いた。
「心が『じゅわってする』!」
おしまい