※名前変換ありません




「あ、大我さんおかえりなさい。ニコちゃんは?」
「…近くまで送って、帰らせた。さすがに未成年が夜遅く家に帰りもせずにまずいだろ」
「あー。…いえ、意外と良識あるし優しいですよね大我さん」
「おい。『意外と』は余計だろうが」


ぼこりぼこり、雪平鍋のお湯が沸き始める。
鍋に向き直った私の背後で、大我さんが食卓の椅子をガタガタと引く音がした。


「それで、大我さんはどうしてこんな時間に台所に?」
「そっくりそのままお前に返してやる。…こんな時間までバグスター相手にしてたら腹減ったんだよ」
「…でしょうね」


火を調節して、作っておいたワンタンを鍋にぽんぽん放り込む。
現在時刻、23時28分。茹で上がりはすぐだ。


「大我さんが帰ってきたらそう言うだろうなと思って、用意してたんですよ」
「…意外と気が利くんだな」
「『意外と』は余計です」
「お互い様だろ」


鍋の底に沈んでいたワンタンが浮かんでくる。
皮には火が通っているだろうけど、どうだろうと鍋を覗き込む。
水流に弄ばれてゆらゆらと浮かぶ、透き通った大きな白い皮はまるで。


「うわー、オバケ」


何の気なしに呟いた瞬間、ものすごい音が背後で響いたので、びっくりして振り返った。


「は!?ちょ、おま、今なんて…!」
「ぅ、わぁ!?えっ、大我さん大丈夫ですか!」


カッと目を見開いた大我さんが、顔を青くして椅子ごとひっくり返っていた。


「お、お化けとか言わなかったか」


心なしか声も震えている。
いつもの大我さんの様子と比べると、とんでもなく無様な格好なんだけど、そんなことはどうでもいいらしい。


「あ、ああ……皮が思いのほか大きくて。これじゃオバケワンタンみたいだなーって」
「そうならそうと言え……」
「あの…もしかして大我さんオバケ苦手なんですか……?」
「…だったらなんだ」
「いえ、別に」


茹で上がったワンタンを網杓子ですくって大我さん用の大きめのお椀にうつす。
別の鍋で温めていたスープは、鶏ガラと塩であっさりした味。野菜は少し多めだ。
椅子を元に戻した大我さんが、棚の引き出しからレンゲを二つ出してくる。
あれ、私も食べる感じなのかなこれ。


「…お前は食わねえのか」
「小腹は空いてますけど、時間も遅いですし」
「残りは?」
「スープはまだありますよ、おかわりしたかったらできます」


じゃあ食えと言わんばかりに、大我さんは戸棚から小さめのお椀を出してスープをお玉に掬った。
一緒に食べようって言えないのかこの人は。

座ってろと言われて、大人しく自分のレンゲの前に座ると、私の分を用意した大我さんが二つのお椀をテーブルに置く。


「あれ」


ワンタンは一人分しか作らなかったのに、私の前に置かれたお椀にワンタンが入っている。
ちらりと向かいに座った大我さんを窺ったけど、表情は読み取れない。
どちらからともなく、いただきますと二人で手を合わせてからレンゲを手に取った。


「…美味い」
「ほんとですか。よかった」


オバケみたいなワンタンの皮も、その見た目に反してなかなか喉越しがいい。


「この皮美味しいですね」
「そうだな」
「オバケみたいだけど」
「…そうだな」
「ちなみに、さっきの話ですけど、私も得意ではないです。オバケ」
「………そうか」


カチャ、と時々レンゲがお椀に触れる音。
ずず、とスープを啜る音。

白く柔らかい湯気がほわほわとたつ。


「美味しいです、一緒に食べると」
「ああ」
「大我さんて、優しいですよね」


そう言うと、大我さんはいつもみたいに鼻で笑った。
でも、レンゲに掬ったスープの湯気越しの表情はいつもより柔らかく見える気がする。

嬉しくなった私は自分のお椀に入っていたもう一つのワンタンを掬った。


おしまい



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