休日なのに、わざわざ病院に寄ったのには理由がある。
買い物に行く前にロッカーの忘れ物を取ってこようと病院に到着したのは、お昼頃だった。
CRのドアを入ると、やけに静かだ。
もしかしたら、救急通報でも入ったのかもしれない。
そんなことを考えながら階段を上がっていくと、部屋の真ん中のテーブルに突っ伏す大きな人影が見えたので、それはそれは驚いた。


「パラド」
「…なまえ」


心なしか元気のない声だ。
ぴこぴことポータブルゲームの音は響いているけど、夢中になっているわけでもなさそう。


「ていうか、パラドだけ?」
「通報があった」
「一緒に行かなかったの、珍しいね」
「ああ」


俺がお前でお前が俺な永夢とパラドは、毎回一緒に現場に赴いて、一緒に戦う。
別に、体調不良でパラドだけ出動を見合わせたとか、そんなことはないはずだ。
前にポッピーに聞いてみたら、バグスターも眠くはなるし、物だって食べたくなるけど、人間のような、『病気』の現象自体はプログラミングされていないのだと言っていたから。

そう、体の『病気』は。

カシャン、とテーブルにゲーム機が投げ出される。
此方を向いたパラドが、はぁ、とため息を吐いた。


「…心が躍らない」


ぼそっ、呟かれた一言は、彼自身も理由がよくわかっていないようだった。
こちらを向いた顔も釈然としないまま。
けれど、私には心当たりがあった。


「ねえ、じゃあ、ちょっとだけ付き合ってくれない?」


ロッカーから、目当ての忘れ物を取り出す。
ポイントカードやクーポン券を入れているカードホルダー。


「どこ行くんだ?」


買い物に行こうと思っていたけどやめた。今日は満を持してクーポン券を使う日だ。


「ずーっと行きたかったんだけど、一人じゃ行きにくいなーと思ってたとこ!」


そうしてやってきた場所は、不規則すぎる休日のせいで、当然友人達と予定が合うはずもなく、かといって、一人でくるのもなんだか気が引けていたパンケーキの専門店。
見かけた写真のパンケーキがあんまり美味しそうで、開店した頃に駅で配っていたクーポン券をずっと持ってたんだ。
お店の外に行列はできていたけど、ちょうどお昼に来たお客さんと入れ替わりのタイミングだったのか、そんなに待たずに入れた。
よっしゃラッキー。なんて。

私達が通されたのはお店の奥側、ガラス張りで人通りの少ない通りが見える角の席だった。


「わー迷う!ミックスベリー美味しそうだけど、オレンジ&チョコも気になる…ねえどっちが美味しいかな」
「知るかよ。俺は食べたことないんだから」


キラキラしたおいしそうなパンケーキの写真満載のメニューを広げて見せると、ちょっとだけ困ったような声が返ってくる。


「そうだよねぇ。あー迷うなぁ…」
「どっちも頼めばいいだろ」
「ん?」
「俺となまえで半分ずつ食べれば」
「…いいの?」


勢い込んで顔を上げると、パラドは笑った。


*


「…なんかすごいな」
「ね。すごいね」


ほどなくして提供されたパンケーキは、果たして写真通りの、いや、写真以上の代物だった。
零れ落ちそうなほど盛られたきらきらのフルーツ。
真っ白く盛り上がったクリームに、いかにもふわふわのパンケーキ。


「この雲みたいの、グラファイトが食べてたやつか?」
「生クリームだね」
「今口に入れたのにもうなくなった。甘いな」
「一緒にベリーソース食べると甘すぎなくていい感じだよ。チョコの方もビターでおいしいし」
「なまえが上にかけてるのは?」
「あ、これね。テーブルに置いてあったやつだよ。さっき店員さんに聞いたんだけど、メープルシロップと、ココナッツシロップと、はちみつだって。組み合わせで味変わるの」
「パズルみたいだな」
「うん。好きな味見つけるの楽しいかも」


カシャリカシャリ、あんまりパンケーキが崩れないうちに、スマホで写真を何枚か撮っておく。
パンケーキを頬張るパラドの写真も。


「どんなに落ち込んでても、美味しい物食べると元気になるんだよね」
「ふーん?そんなもんか?」
「あれ、自覚ないの?」


パラドは首を傾げながらパンケーキを頬張る。
私も新しい一口を口に運んだ。
ぽかぽか陽の当たる席で、午後はゆっくり過ぎていく。

ああ、幸せな甘さだ。


「ねえパラド。おいしいね」
「ああ、…心が躍るな」


その一言に、目線を上げる。
ほらね、きらきらのパンケーキに負けず劣らず、嬉しそうなきらきらの目。


***


なまえと別れてCRに戻ったのは、夕方頃だった。
データの粒子が俺の実体を形作る。
いつもの景色が広がるなり永夢が飛び掛かってきたから、さすがの俺も驚いた。


「パラド!どこ行ってたんだよ!!」
「どこって…」
「なんか楽しいことしてただろ!最初は落ち込んでるみたいだったからちょっと心配してたのに」
「…なまえがCRに忘れ物取りに来て、一緒にパンケーキ食べに行った」


なんとなく俺だけの秘密にしておきたかったと思いながら、白状する。
いつの間にかやってきたポッピーと、永夢にむくれながらずるいずるいとガクガク揺すられながら、心の共有は不便な事もあるもんだとぼんやり思った。


おしまい



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