私の向かいで確認した書類をバインダーに閉じていた貴利矢さんが、えっ?と顔を上げた。


「一度もないの?」
「はい。一度も」
「意外だなぁ!じゃあ、まあ、自分でよければ」


意外とあっさり承諾してもらえて、私は思わずガッツポーズする。


「やったっ!」
「えっそんな喜ぶほどなの?」





話は、約2時間前まで遡る。

監察医務院で借りた資料をコピーしてCRに持ち帰るため、医務院で空いているセミナールームを借りて作業を始めたのが、朝の10時ごろだった。
蛍光灯が煌々と点いたちょっと広すぎる部屋の中には、私と貴利矢さんしかいなくて、作業は順調に進んだ。
CRに戻る前にどこかでお昼を食べようという話になって、手伝いとして同行してくれた私に、貴利矢さんが何かご馳走すると言ってくれた。

それで、食べたい物を聞かれた私は迷わず「貴利矢さんおすすめのお店のロコモコが食べたい」と言ったのだ。
なぜなら、私はまだ一度もお店でロコモコを食べたことがなかったから。

…そして冒頭へ戻る。


**


私は貴利矢さんから受け取ったバインダーの背表紙にラベルを入れて、CRから持ってきたバッグに最後のバインダーを詰めた。


「終わりましたー!」
「はーいお疲れさん。なまえちゃんありがとなー、手伝ってくれて」
「いえいえ。作業もこっちの方が早いですしね。貴利矢さんもお疲れ様でした」
「よし、じゃー準備したら行こっか」
「はい!」


***


貴利矢さんが連れてきてくれたのは、監察医務院から少し離れた小さめのハワイアンカフェだった。
路地をいくつか入ったところにあって、一人で来るにはちょっと迷いそうだ。
平日のお昼を少し過ぎた時間のせいか、あまりお客さんはいない。
注文して出てきたロコモコは、木皿に盛られていた。
上に乗った目玉焼きの焼かれ具合といい、大きなハンバーグにかかったつやつやのグレービーソースといい、思わずわくわくするような見た目だ。


「こんなカフェあったんですね。知らなかった」
「自分も偶然通りかかって知ったんだよね。ロコモコ美味いんだこれが」


食べてみて、と勧められて、お皿とお揃いの木のスプーンで掬う。
あつあつのハンバーグから、じゅわっと肉汁があふれた。
グレービーソースととろとろの半熟の黄身で濃厚な味なのに、しゃきしゃきのレタスのおかげでさっぱりして食べやすい。


「わ、おいしい!!」
「でしょ!?…ていうかホント美味しそうに食べるよねなまえちゃん」


いやー連れてきた甲斐あるなぁと笑う貴利矢さんに笑い返した。


「連れてきてくれてありがとうございます。ほんとにお店教えてもらえるとは思わなかった」
「え?なんで」
「だって貴利矢さん嘘ばっかりつくじゃないですか…。秘密主義なのかなって。だから気に入ってるお店とか、教えてくれないんじゃないかなって勝手に思ってたんですけど」
「あー、だからあんな喜んでたわけか。…うーん、秘密主義っていうかさ」


貴利矢さんは、頼んだレモネードをストローでカラカラとかき混ぜた。


「いや、さすがに教える人は選ぶよ」
「そうなんですか?」


苦笑しながら、貴利矢さんは頬杖をつく。


「秘密主義ってわけじゃないけど、気に入ってる場所誰にでも教えるわけじゃないしなぁ」
「じゃあ、今回は特別?」
「そういうこと。だからなまえちゃんは誰にも教えちゃダメー」
「え、じゃあ私がこのロコモコのおいしさを誰かと分かち合いたくなったらどうしたらいいんですか」
「えっ」
「…えっ」


カラカラ、カラン。氷の音が止まる。


「自分の事誘ってくれればいいんじゃないの?」


それに、ここ病院のあたりからはちょっと遠いからさ、足が必要でしょ。
そう言って貴利矢さんがポケットを叩く。
入っているのは……そうだ、そういえばこの人バイクだった。


「もしかして貴利矢さん、」
「はい?」
「最初からそのつもりでした?」
「…乗せられちゃった?」


今のところ、この美味しいロコモコを食べたければ、他に方法がない。
貴利矢さんが楽しそうに笑う。

…とんだ策士だ、この人。


おしまい



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