「えええ!みんな通報で出ちゃったんですか!?」


午前休で出勤してきた私は、大きな箱を持ったまま絶望的な声を上げた。


「ああ、ほんのちょっと前だよ」


おそらく永夢がぶちまけて行ったのであろう書類を屈んで拾いながら、院長が頷く。


「そんなぁ…しかも、帰ってきたらみんなカンファ行っちゃうじゃないですか」
「なにか用事でもあったのかい」
「ケーキ買ってきたんですケーキ!飛彩先生もですけど、みんな食べるかなと思って…」


みんながいないなら仕方ないと、しょんぼりと冷蔵庫を開けて、思わず天を仰いだ。
もともとそんなに大きくない冷蔵庫は既にいっぱいで、大きな箱が入るスペースがない。
だめだ。少し減らして、箱を小さくするしかない。


「院長、少しお時間ありますか?」
「うん?」
「ケーキ食べません?」


振り返って提案すると、院長はきょとんとした顔でこっちを向いた。
…あ。今の顔、驚いた時の飛彩先生にそっくりだ。





「ほう、随分と色んな種類を買ってきたんだね」
「駅前に新しいケーキ屋さんできたのご存知ですか?」
「ああ、改札を出てすぐのところの。飛彩から聞いたよ。今は時間がなくて行けないと言っていたが」
「やっぱり。そこのケーキなんですけど、とりあえず美味しそうだったのでいろいろ種類買ってみようかと思って」


コーヒーを淹れる間に、院長はケーキについていたフォークと紙皿を二人分用意してくれた。


「ところで、私が食べてしまって大丈夫かい?」
「院長の分も買ってきたんですよ…。ほんと、今日はみんないると思ってたので…」


お好きなのを選んでください、と言うと、院長は少し考えてから、つやつやの抹茶チョコレートがかかったクグロフを紙皿に取った。
私は、ピスタチオのケーキを取る。


「ついこの前、飛彩は似たケーキを食べてたからな。これは選ばないだろう」
「そうですね」
「それと、宝生君はこの前、飛彩が食べていたチーズケーキを見て、食べたくなってきたー、なんて言っていたね」
「よく覚えてらっしゃいますね」
「だから、きっと彼はチーズケーキがいいって言うだろう」


ちょっとびっくりしながら、ケーキを一口食べる。
ピスタチオの風味が濃くて美味しい。
院長はちょっとだけ笑いながら、それに、と付け加えた。


「ポッピーピポパポは、この前なまえさんとケーキの話をしたと言っていたんだよ、季節もののケーキの種類に興味があるようなことを言っていたし」
「えっ、ポッピーとケーキの話なんてするんですか院長」
「たまたまだよ。あと九条君は、昨日休憩時間に、チョコレートが食べたいとぼやいていたね」


脱帽だ。
箱の中に残るケーキは、チーズケーキ、和栗のモンブラン、金箔の乗ったシックなオペラに、真っ赤なカシスのケーキ。


「…すごいですね院長」


ちらりと箱の中を見た院長は、首を横に振った。


「いや、すごいのは私ではなくてなまえさんだよ」
「いえ、そんな」
「CRのみんなの事を考えてくれてありがとう、こうやって細かい気配りまでしてくれて」


院長が優しい顔で笑う。

その顔を見て、不意に、ああ、飛彩さんが目指した人なんだなあとぼんやりと思った。
見ていないようで、実は誰よりも職員の事を見てくれている。
いつも頼りないなんて言われているけど、いざという時にはきっと誰よりも頼れる人。

ああ、美味しいなぁ。とケーキを頬張る院長に、私もちょっと笑い返した。

…飛彩さんが憧れた理由、少しわかった気がします。


おしまい



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