short story

こわいゆめ



これは俺、高尾和也がある日見たとある夢のお話。
俗に言う怖い夢っていうやつだ。

この夢は自分が見知らぬ駅のホームに立っている場面から始まる。
見覚えのない駅だ。人気はなく、ひんやりとした空気が時間とともにゆっくり流れている気がした。質素な駅だった。
反対車線には誰もおらず、駅長や乗客の気配もなく、まるで世界に自分一人しかいないかのような錯覚に陥った。いや、錯覚だったろうか、わからない。
何より、自分の視線の先に映るすこし白んだ景色になぜか安心感を、そして懐かしさを覚えた。
妙な穏やかな気持ちで白線の後ろに立ってどこかに向かう電車を待っていたのだが、一向に電車が来ない。
電光掲示板を見ても電車が来る時刻も、行き先も、沿線の名前も書いていない。ぼやけた文字が右から左へと流れているだけだったが、不思議と疑問に思わない自分がいた。
どれくらいの時が過ぎただろうか、自分はホームに立ち竦んだまま。相変わらずぼーっと佇んでいると後ろから突然老婆に声を掛けられた。
腰の曲がった老婆だった。あまりにも穏やかな表情をしていたので自分の口角も緩んでしまった。心なしか小さい頃に死んでしまったおばあちゃんに似ていた気がした。
彼女曰く自分は電車に乗るために乗車券を手に入れなければいけないとのこと。彼女の指のさす方向には券売機が。とても古く、寂れたボタンの少ない背の低い赤い券売機だった。値段は書いておらず自分も気付けば一銭も持っていなかった。自分の目に一番最初に入ったボタンは「来世行き」だった。「来世行き」の乗車券はカシャンと小さく音を立てて錆びた受け取り口に落ちた。その「来世行き」の乗車券には小さな文字で何かが書いてあったはずなのだが、どう頑張っても何が書いてあったか思い出せない。
また老婆の声がした。もうすぐ電車が来るとのそう。でも次に来る電車ではなく、もう一本後の電車に乗れとのことだった。俺は頷き老婆から離れ再び白線の後ろに立って電車を待った。時間の感覚が狂っていた上に駅構内には時計らしきものはなく、どれだけ待ったのかわからない。老婆は先ほど電車はすぐ来ると言っていたが、嘘だったろうか。周りを見渡しても人っ子一人見当たらなければ老婆の姿もない。すこし不安になったが、電車がやっと来たので飛び乗ってしまった。待ちに待った電車だった。乗車する数秒手前、停車した車両の窓に一瞬だけ自分の姿が映って見えた。服装は覚えていない。相変わらず白んだ視界で高尾の目が捉えたものは透き通った体だった。高尾は何も考えずに乗車をして、先ほど自分が立っていたホームの方面を向いて電車のドアが閉まるのを眺めていた。やはり老婆は見当たらない。
動き出す電車。動き出す窓の外の景色。頭の中で響き始める轟音と揺れる体。
ゆっくりと過ぎていく景色。電車の移動速度は早まる一方だったが、まるで映画の如く、スローモーションで、そしてピンポイントに彼の後ろ姿がはっきりと過ぎ行く白んだ景色の最中に浮かび上がった。一目でわかるほど見慣れた、愛した、よく知った人物のシルエットだった。
「あれっ…」
待って、待って。待って。待って。
理由は見当もつかなかったが、高尾に何かが働きかけていた。確実に、高尾はその場で自分自身に背を向けている青年と二度と会えないことを悟った。
待って。待って。
そう高尾は叫んだが声は出ない。車内には虚しく自分一人。自分一人しかいない世界だと思っていたのに、まだもう一人いた。
待って。待って。
一人にしてはいけない。自分はこの場から去るべきではない。
待って。待って。
叫び続けるも刹那。高尾の声は届かない。もう無理か、そう気を落としそうになった瞬間、彼が振り返った。
綺麗な蜂蜜色をなびかせ、振り返る彼は憂い顔だった。少し眉間にしわのよった表情を浮かべ、高尾と目が合うと同時に高尾は夢から覚めた。

冷や汗をかき、息を荒げながら起きたのはいつぶりだろうか。
隣で小さく寝息を立てる愛人の鼓動に耳を傾ければ、命の音がした。
「そうか、俺はあの電車に乗ったままだったら死んでたのか。」
そう思い知った高尾は軽い過呼吸に陥り、浅い呼吸を涙ぐみながら繰り返した。
そうだ、老婆に言われた通りもう一本電車を待っていればよかったのだろうか。そもそも来世行きの電車
多少うるさかったのだろう、ただでさえ眠りの浅い彼を起こしてしまった。悪いと思った。
彼はゆっくりと状態を起こし、乱れた髪の毛を掻き上げ、高尾の現状に気付くとすこし笑ってこう聞いた。
「怖い夢でもみた?」
幼子をあやすように、優しく小さな声で彼は問いかけるのだった。
高尾はガタガタと震える手と口を必死に動かして「うん」とだけ伝えた。
そっかそっか。そう言って彼は片方の手を背中に回してゆっくりと摩り、もう片方の手を俺の頬に添え目から溢れる涙を拭った。慣れた手つきだった。
耳元でしーっとまるで子供を寝付かせるかのように囁き、「大丈夫、俺はどこにもいかないから。大丈夫。ずっとここにいるよ。」そう高尾を落ち着かせるのだ。彼を失ってしまう恐怖と、自分が臨死体験をしてしまった事実、そして何より自分が忘れ去られる怖さを実感した高尾は愛人の温もり、匂い、声、全てを愛しく思い、安心感に苛まれてまた涙するのだった。







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