short story

LDKと雨男



"寝返りを打って、まばたきをして、目をとじて、寝れなくて。"

「ねぇ、」
と隣に横たわる眠っているであろう人物に語りかける。
この部屋にはクイーンサイズのベッド、小さな丸いサイドテーブルと和紙のシェード付きのランプしかない。
あ、あと窓もある。俺がいつも寝てる方に窓があって、彼奴の方にはドアが。
真白なこの部屋の空気は相も変わらず肌寒い。服は着ない。いつも下着だけだった。
毎晩のように体温を重ねて、汗を流して、そのままシーツに溶け込むようにして眠りに落ちて。たいていは俺が先に起きて季節を問わず寒い寒いって小走りで風呂に入る。この1LDKは陽当りがものすごく悪い。だから暗いし安いし、寒い。俺がこの部屋に決めた時は全く気付かなかったのだが、ここは夜明けと夜更けだけがキレイに見える。
日が完全に昇ってしまえば陽は当たらない。そんな静かな朝を過ごしながら1人でなんとなく切なくなるのは内緒。
完全に目覚めてしまった。まぁ、元々不眠症だからあまり深く眠ることはないのだが。サイドテーブルに置いてある電波時計を手に取り眉間にシワを寄せて数字を読む。AM3:57。この季節だともうすぐ夜が明ける。白のレースのカーテンは2人で閉めないと決めている。どれだけ寒かろうがどれだけまぶしかろうと閉めない。
そうだ、まだ俺は話に続きがあったんだ。星が出ている今のうちに、夜が明けて1人で悲しくなる前に言おう。でもどうしよう、俺が言っている最中に星でも流れたら願いが叶ってしまう。ごめんね、宮地さん。大坪さんとずっと一緒にいたいっていう願いを俺が横取りしちゃうかも。

「真ちゃん…」俺ね、未だにお前がずっと俺と一緒にいる意味が分かんないんだ。頼んだ覚えもないし、一緒に住もうって決めた訳でもない。知らないうちに階段をかけ上がるみたいにトントン拍子で物事が進んで来た。だから今更どっか行けなんて言えないし、そう思えない。何となくこうやって誰かが書いたシナリオに沿って生きてるけど、いつかは終わりが来るんだろうね。それは2人が別々の道を歩くことなのか、死ぬことなのかは分からないけど怖いことに違いはないね。こうやって思うと真ちゃんは俺の人生になくてはならない大きな存在だ。今まで無視して来ただけかも。一回捨てた筈の感情がこんな形で舞い戻ってくるとは誰も想像しなかっただろう。

高校の時俺が一目惚れして猛アタック。それからしばらく付き合うことになって卒業する時に「若気の至り」と「お互いの為だから」っていう理由で別れて2人は別の大学に進学。そこまでは良かった。と思う。
大学に入ってから俺は家が遠かったから引っ越すことにした。「引っ越しました」メールをケータイの連絡先のほとんどに送ったから、実際誰が俺が引っ越したのを知っているのかよく分かっていない。それを送って数日後の雨の日、少ない段ボールを開けていたら急に「ピンポーン」と玄関から音がして、「はーいどちら様でしょ…」ドアを開けたら大荷物かかえた大男が立ってて。「ただいま」とか言って。「おかえり」って条件反射で言ったらずかずかと部屋に入ってきて荷物を床におろして、今日の夕飯はときかれ、まだ作ってないけど30分ぐらいでできると野菜炒めと味噌汁を想像してたら奥のベッドで倒れて寝てた。入ってきていいとも言ってないし、濡れてて汚いし、わけわかんないけどとりあえず泊めることにした。酒臭いし。しばらくしてご飯できたよと新婚にでもなったような気分で起こしにいった。実は調子に乗って一品余分に作ってしまったのだ。夫が長期出張から帰って来たみたいなルンルン気分で作ってたら知らないうちに一品増えてた。彼奴は気怠そうな足取りで小さな卓袱台に向かう。白米、玉ねぎの味噌汁、ごく普通の野菜炒め、それと彼奴の好物の出し巻き卵。いただきます、と手を合わせる恒例の儀式を行いさりげなく向かいに座る人の様子をうかがう。いかにも眠そう。それでもお椀に手を伸ばして眼鏡を曇らせた。冬にあっついお汁粉飲む時もこんなだったっけな、懐かしい。黙々と食べるから美味しい?って聞こうと思ったけどなんか気まずくてやめた。彼奴は昔から遠慮はしない質で、俺が一切れしか食べなかった出し巻き卵を一人でたいらげてしまった。静かに箸を置いてまた手を合わせてご馳走様。お粗末様でしたーと膨れた顔で言おうとしたら美味かったのだよとか言われてちょっと照れた。気付いたら一人で左手に持った白いご飯見つめながらニヤニヤしてたらしくて、何度か名前を呼ばれても気付かなかった。お風呂に入りたかったらしい。お湯張ってないけどいいのかな、嫌いじゃなかったっけシャワー。まあいいや、とひとりでせかせかと箸を進める。食べ終わって一人で合掌して呪文を唱えて食器を二人分下げた。珍しい。片付けないなんてどれだけ疲れてるんだろ。
あー、お布団どうしよ、ウチないよ、ベッドしか。ソファまだ来てないから無理だし…部屋を右往左往してたらタオルだけ巻いてこっちに向かってくるから「真ちゃん服貸したのにっ」って言っても「いいだろうもう」とかわけわかんないことほざいて人のベッドで寝始めた。眼鏡は風呂場に置いてきたらしい。見えてなかったんだろうね、すごい向きで寝ちゃった。ドアを閉めつつ「おやすみ真ちゃん。」なんてつぶやいてみる。
俺はそのあと皿洗いやらまた段ボール開ける作業とか課題とかやってちゃっちゃとお風呂に入った。脱衣所の洋服洗ってあげよ。明日は俺の服着ればいいよね。

翌日に帰すつもりだった。
一限からだった俺の朝は早かった。ちなみに俺は結局リビングで寝落ちしたらしい。起きて、彼奴を見に行ってまだ寝てるの確認して、昨日の夕飯の残り物と置き手紙を置いて家を出た。「洋服は洗濯してるので今日は俺の服を着てください。」かわいそうな俺はその日部活もあったから帰りも遅かった。その時は完全に真ちゃんのこと忘れてたっていうか朝自分が家を出た時点で彼奴も自分の家に帰るんだと思ってた。アパートの鍵を鍵穴に刺そうとしたら、開いてるから驚いた。ゆっくりドアを開けて「ただいまぁ...」って様子を伺いながら入る。自宅なのに。おかえり、が遠くから聞こえる。その時彼奴がまだ家にいることに気付く。よく考えれば自分から置き手紙に間接的に「今日もうちにいてください」って言ってたんだけども...居間にはいなかったから寝室にいたんだろう。俺が沈黙が続く中無言でのそのそと荷物を降ろしていたら突然背後から飯は、と聞かれた。ビクッ、としつつも今作るねっ!と自分の尻を叩く。こういう日はカップラーメンなんだけどなあ、と思う。俺疲れてるのに真ちゃんの為だけにこんな時間に夕飯作るとか俺偉すぎでしょ。これが惚れた弱みなのかなとか思ったりして。ご飯が出来ても俺は帰って来てから聞こうと思ってた質問が気まずくて聞けずにいた。そのまま昨日みたいに合唱して魔法の言葉を唱えて沈黙にまた呑まれる。しばらく咀嚼する音を聞いて俺は重い口を開いた。
「...ねぇ真ちゃん、帰らn「おかわり」」
せっかく聞こうと思ってたのにと思いつつもそんなに話したくないのかと無理に聞こうとした自分に嫌悪感を憶えた。おかわりのためのご飯をよそってチンするためにキッチンへ。キッチンから卓袱台が置いてある場所は見えない。沈黙とレンジの低い機械音だけが1LDKを満たした。高尾、高尾。真ちゃんが俺の名前を呼んでるのにまた気付けなかった。俺最近考え事多いなあと思いながら生暖かくなってしまったお茶碗を渡す。その日それ以降俺と彼奴との間に会話はなかった。

昨日も帰せず必然的に泊めることになってしまった。
今日は一限からじゃなかったから早起きしなかった。タオルケットが自分に掛かっていることに気付く。卓袱台にメモが置いてあることにも気付く。
「洗濯どうも。飯うまかった、ごちそうさま」
その後家の中を徘徊したけど、あの大荷物は綺麗さっぱりなくなっていた。残していったのはベッドに残った本人の匂いだけ。なぜか少し切なくなった。「学校行かなきゃ」とメランコリーに陥る前に自分を奮い立たせた。

彼奴が出てってから数日、数週間が経った。俺には関係ないことではあるが彼奴が気になった。そういえば俺彼奴の番号もメアドも知らねえや...高校時代のくせが治らず宮地さんに連絡してみる。
「あのぉ...」
『緑間なら知らねえよ』
「...なんでわかるんすか」
『お前のことなら何でも知ってるよ。緑間には負けるけどな。』
「実は彼奴この前俺の家に急に転がり込んで来て、急に消えたんすよ...ちょっと心配で...宮地さんならなんか知ってるかなあって思って...」
『それって...』
「何か知ってるんすか!?」
『お前、まさか知らねえのか...?』
「なにをです」
『来たのいつ』
「○月×日あたりだったと思います」
『絶対それだわ...緑間なんも言わなかったのか』
「だから何をです!?」
『彼奴の親離婚したんだよ』
「...え」
『母親が不倫してな、今妊娠してんだよ...妹は父親の方についたらしいけどいろいろあって裁判沙汰になったらしい...』
「......」
『高尾、』
「......」
『よく聞け。お前絶対自分責めるから言うけど、気付けなかったお前は全く悪くない。彼奴が珍しくお前に甘えてきただけだ。お前は悪くない。』
「....宮地さん、俺、真ちゃんに、悪いことしたかなっ、俺っ、俺っ...」
『...』
「本当は俺真ちゃんに帰ってほしいなんて思ってなかったと思うの...なのに彼奴帰っちゃった...居心地悪かったかな、俺なんかいけなかったかな...」
『っお前また...』
「俺真ちゃんから逃げられないみたい」
『.....』
「お忙しい時にすいませんでした、ありがとうございました。」
『おい、たk「...ツーッツーッツーッ」』

外は大雨だった。俺は空を仰いだ。「洗濯物入れなきゃ」

一人が寂しくなった。彼奴に悪いことをしたと思った。彼奴と連絡しない一人の、自分がもともと過ごしていた生活に戻っただけなのに。彼奴に会いたくなった。
連絡先が分からないまま、数日が過ぎた。彼奴が俺の家から消えてから一ヶ月が経とうとしていた。

疲労が意味もなく蓄積していた。疲労というか、ストレスと言った方が正しいかもしれない。食事が喉を通らず、よく眠れない。講義の内容も頭に入ってこないし、部活に出れるほどの気力もない。彼奴が頭から離れてくれない。はあ、と溜め息を繰り返す毎日に疲れていた俺は段ボールの山を見上げた。彼奴が消えてから荷物は届いたものの片付けをしていなかった。汚い部屋。こんな部屋見せたくないなあと思いながらもソファーから動けずにいた。外は大雨だった。止む気配もない。「早く帰って来てよ...」

「ただいま」

唐突すぎる挨拶に反応が遅れた。すでに濡れた袖で涙を拭って玄関まで走る。雨でずぶ濡れの大男が大荷物を抱えて立っているじゃないか。
「お、ッ、かっ、えりな、さぃ...」
聞きたいことがいっぱいあった。言いたいことがいっぱいあった。そんなことは全部吹っ飛んで濡れるのも構わず彼奴に抱きついていた。きつく抱きしめ返してくれたことが嬉しかった。涙が止まらなかった。「おかえり、真ちゃん」

おでこをくっつけて、長いまつげを見つめて、荒い呼吸のままキスをした。久しぶりのキスは涙とお酒とたばこの味がした。真ちゃん真ちゃん真ちゃん真ちゃん。自分はこんなにも緑間を求めていたのかと自分でも驚いた。彼奴は相変わらず力が強かった。俺を抱きかかえたままベッドまで一直線。片手で眼鏡を外して上着だけ脱いでから始まる俺たちの懐かしいセックス。俺を抱いた人は俺の良く知った相棒だった。
「真ちゃっ、んっ、ゃ、っあ、待ってッ、真ちゃっ、あぁあんッッ」
セックスなんていつぶりだろうか。最後にしたのは確か別れる前夜だったかな。俺それ以来女の子とのお付き合いもセックスしてもない。俺って一途で偉いなあ、此奴はどうなんだろう。彼奴は酒臭くて、ロマンも糞もなかったけどシーツに溶け込めるほどの回数は達したかな、なんて贅沢も言ってみたり。
余談だけどシーツとマットレスの間に挟み込まれたままの眠りに入る前の余韻が好き。彼奴の腕が俺を包んでる状態が好き。彼奴の素肌が俺に触れてる状態が好き。人の温もりをしっかり感じられるこの沈黙が好き。そんなことを考えていたら彼奴が話を切り出した。「なあ高尾、実は俺のりょうs「知ってるよ。宮地さんから聞いたの。真ちゃんのお母さん妊娠しちゃったんだってね。妹ちゃんはお父さんのとこなんでしょ。」
「ねえ真ちゃん、なんで言ってくれなかったの」
「ねえ真ちゃん、ここ出てってからなにしてたの」
「ねえ真ちゃん、もうどこにも行ったりしないの」
「ねえ真ちゃん、俺のことまだ愛してるの」
「ねえ真ちゃん、」

「言えなかった、お前には。すごく心配するだろう。迷惑をかけたくなかった。申し訳ないと思ってる...だが数日だけ来たろう?お前に突然会いたくなってな、来てしまったんだが居心地がすごくいいもんで長居しそうだったから無理矢理出た。それでお前の気分を害したなら申し訳ない」
「妹守る為に親戚探したり、自分が寝泊まりするところ探したり...結局ここに帰って来てしまった訳だが」
「お前のそばから離れる気はない」
「まだもなにも、あれからずっと片時もお前を想わなかった日はないぞ。」
「高尾」

あの時俺たちはお互いの顔が見えない体勢だったから、彼奴が泣いてたのかは分からなかった。俺が泣いてるのは確かだったけど。そこから二人の生活が始まったんだ。正確に言えばその日から彼奴は俺の家に落ち着いて、急にどこかに行ったりしなくなった訳で。それからの俺たちはずっと必要最低限のもので生きて来た。
”自分のたちの身体があればいい、お互いがいれば寂しくない。ずっと一緒、ずっと一緒。”
そんな薄っぺらい言葉の魔法をかけた。でもそんな魔法のおかげで今こうやって二人同じベッドで寝てる。

あれ?おかしいな。俺はなんでお前がまだ俺と一緒に住んでるのか聞きたかったんじゃないの?階段をかけ上がるみたいにトントン拍子で物事が進んで来たなんて嘘っぱちだし、俺なに言ってるのかな。何となくこうやって誰かが書いたシナリオに沿って生きてるのが幸せなんじゃないの?自分が望んだ結末でしょ?一回捨てたはずの感情がこんな形で舞い戻って来た?それも違う。ずっと変わらず想い続けた相手だろ。未練タラタラで縋って引き摺ってただろ。それも全部無視?そんなの違う。見て見ぬ振りをしてなかったことにしてただけ。自分の中で爆発しないように押し殺してただけ。お前が転がり込んで来た時点でもう結末は分かっていたろ。お前が甘えて、その甘えに俺が縋って、結局俺が「一緒に住んでください」とは言わなかったものの「もうどこにも行かないの」はそれと同意義だろ。「一緒に住もう」って言わなかったけど「ずっと一緒」はそういう意味だろ。お前はいつでも俺の人生になくてはならない存在であっただろ。今更なんなんだよ、なんだかんだお互い手放せない関係じゃねえか。俺はお前がいないと生きて行けない、俺はお前にとってそういう存在だろうしそうでありたい。出てけなんて口が裂けても言えない、思っただけで息が詰まる。別れるなら死ぬときでいい。いいや、死ぬときも一緒がいい。お前がそんなこと許してくれないのも百も承知だよ。お前が先に死ぬとき必死に俺に生きろって言うんだろ。でも俺が死ぬときはお前もついて来るんだろ。お前なりの人事の尽くし方か、お前なりの責任の取り方か。人生ずっと死ぬまで一緒なんだろ。とんだ天邪鬼だよな。こんな調子でお前のワガママを毎日聞いて、家事やって、けんかして一緒に寝る生活だろ。腹立たしくて楽しくて幸せな生活だろ。
わざわざ星にこんな願いなんて掛けなくっていい。もう叶ってる。ずっと一緒、ずっと一緒。

「ううん、やっぱりなんでもないや」


夜が明けた。窓から星はもう見えない。涙を拭った。眠ることの出来なくなってしまった身体を起こしてシーツを剥いだ。綺麗な緑色のまつげを眺めて大男の額に小さくキスをした。寒い寒い。風呂に入ろう。朝はやっぱりちょっと切ない。新しい一日。いつもと同じ一日。幸せな一日の始まり。

高尾和成は緑間真太郎から逃げられない。このLDKに雨男が住み着いた。小さな幸せ、ずっと一緒。それでも身体は常に怯えていて、眠ってしまったら次の日の朝此奴がいないんじゃないかと思うと気が気じゃなかった。眠れない体質を恨みつつも夜間ずっと此奴を眺めていられることにも密かな充実感を憶えていた。

この部屋が寒いのは、お互いがいればあたたかいから。
下着しか着ないのは、体温を肌でちゃんと感じ合えるから。
カーテンを閉めないのは、いつでも2人で同じ空が望めるから。
朝に少し切なくなるのは、お前がいない朝を思い出すから。

お前が俺を求めてここまで来て、それで俺はずっとここでお前を待っていたに違いない。

もう土砂降りの雨はいらない。ずぶ濡れのお前は見たくない。煙草と、酒と、涙に塗れた汚い体はいらない。小さなLDKに雨男が住着いた。











人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -