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白の世界 - 2



彼曰く、個性とは元々人間が持つはずでなかった感染症なのだそう。みるみるうちに広がって、誰もが存在を疑わなくなった時、世界は汚染されたのです。にも関わらずそれを振りかざし、優れた人間であるかのように振る舞う重症患者の多いこと――彼はそれを憎み、汚染された世界の理を憎む。

私にとっては、世界は変わらず美しく、神は平等に人々を愛する。
個性の有無なんて大したことではありません。私は持たざる故に彼と出会い、彼の隣を許されたのです。それはどんな素晴らしい力を得るよりも、私の幸福であり生きる意味。

貴方がいるから私は、世界を愛し、神を愛し、私を愛しました。そして貴方のために生きると決めたのです。
それがどれほど罪深いことか――私はよくわかっているつもりなのです。

*  *

入り組んだ通路を私は未だによく把握していない。彼は私が一人でうろちょろするのを許してくれないので。私を信用していないのかもしれないし、他の理由があるのかもしれない。
何にせよ組の本部に行く時は、必ず誰かの迎えが必要だった。

「お手数おかけしてすみません、クロノスタシスさん」
「クロノでいいんですがね。彼の頼みなんで、気にせんでください」

クロノスタシスさんは彼の一番の側近で、私と顔を合わせることも一番多い。となれば比較的仲はよく、クロノスタシスさんも砕けた態度をとる人なので、長々とした呼び名は居心地が悪いそう。

「こちらも、あの人がなんだか嫌そうな顔をされるので、御容赦ください」
「あー、そーゆー……いや、いいんですよそれなら別にね」

クロノスタシスさんは何か含んだような声色で呟いた。クロノスタシスさんは私と違って、彼の考えをよく理解なさっている。それは少しばかり妬まし――いえ、羨ましいのですが。それを隠しつつ、話を続けた。

「それにしても、今日はどのような風の吹き回しなのでしょう」
「彼のことですか?」
「とても驚きました!彼の方から私をお招き下さるなんて」

普段は私から彼に連絡することばかり。そうして彼の貴重なお時間を頂いたら、必要以上の会話ははばかられて――といっても彼曰く私は無駄話が多いそうなのですが――お仕事のご報告程度で別れる。力を持たない私の仕事なんて大した内容でもないので、結局、あまり話をできる機会はない。
私はそれが少しばかり――いえ、本当はかなり――寂しく思う。そんなものだから、今朝の邂逅は本当に青天の霹靂、奇跡のようなもの。

「はっ。もしかして!」
「んん?どうしました?」
「これも神のお恵みでしょうか!」
「……」

奇跡というものは存在しません、神は全てを知っておられるからです。全ての出来事は神が意味をもって与えた機会なのです――私がそんなことを話すと、黙って聞いていたクロノスタシスさんはしばし間を置いて、ため息をついた。彼のマスクは顔全体を覆うので、それがどういう意味なのか測りかねる。

「あんたはやっぱ残念なお人ですね」
「それは心外です」
「あの人の前で言わんでくださいよ。まァた機嫌を損ねられるとたまったもんじゃない」
「何か悪いことでもおありでしたか?」
「あんたにはわからないですかね」

それも心外です。クロノスタシスさんにはわかるのに私にはわからないなんて、自覚はしていますがそんなハッキリ言わなくても良いではありませんか。



「――という話をしたのですが、何か悪いことがあったのですか?」
「……俺の前で言うなと、忠告されなかったか?」
「あ」

しまった、という感じがして手を口元にあてる。こつんと小さな嘴に指先がぶつかった。
彼は呆れたようなため息をこれみよがしに。

「俺の機嫌が悪く見えるか」
「わかりません。私は貴方のお考えがわかりませんので」
「ああ、そうだったな」

お前は頭がおかしいから――彼はまたそう言った。
神を信じる私は頭がおかしいらしい、いつまで経ってもそう評されてしまう。

「とても遺憾です。貴方だって、都合が良いと仰いました」

――それに私は、いつでも貴方のことをお祈りしているのに。
なんていうのは押し付けがましいでしょうか、少し考えて言葉をやめた。

珍しく口答えしたことに彼は眉を動かしたけれど、結局はいつものように息をつくだけだった。また呆れられたようです、やっぱり彼に私の思想はわかって頂けない。

「お前はいつまであんな場所に通うんだ。信者でもなければ、それが許される立場でもないくせに」
「それは……仕方がないではありませんか」

彼の言葉は正論だったので、私ははっきりと答えられない。確かにそれは、私の罪の一端なので。


両親がクリスチャンだったおかげで、自然と私もそうなるものと思っていた時期があった。
それが崩れたのは高校生の頃。私立高校に入学してきちんと神の教えを学ぶ予定だったところを、彼を追ってお世辞にも品が良いとは言えないような学校に進学した時点で、親とはギクシャクしていたのだけれど。

一足先に卒業した彼からお声がかかって、私は喜んで高校を中退したわけだった。それを『悪魔の口車に乗るなんて!』と憤慨する両親と折り合いがつくはずもなく、以来あの人達には会っていない。
結局私は洗礼を受けることなく信者とは名乗らないでいる。

そして彼についてこんなところまで来てしまった私が、本来あのような穢れなき場所とは無縁の人種となってしまったことは、きちんと自覚しているのです。

「しかし、神は信じる者を救ってくださいます。私に罪があるからこそ、神の御前に侍り赦しを得るのです」
「お前の神とやらは随分都合がいいな」

彼は面倒くさそうに切り捨てた。これ以上私の宗教観を聞く気はないらしい。
頭のおかしい宗教勧誘と思われているのか、それとも私の言葉など本当は自分の都合よく解釈してばかりの偽物だとバレているのか。なんにせよ彼に言い返せるような正当性はないので、ほんのり苦笑して見せるしか仕様がなかった。


「……で、親父の様子はどうだ」
「ええ、いつも通りでいらっしゃいましたよ」


私の無駄話を打ち切って、彼はいつもの問いを投げてきた。私もいつも通りに答えるだけ。
いつも通り、あの方は穏やかに眠っておられましたよ。

ああ残念。結局珍しくお声がかかったと思ったら、お仕事のお話だったのですね。報告が少なかったから、しびれを切らしてしまったのでしょうか。とはいえ、仕方がないと思う。彼が緻密に操った個性は完璧だったので、彼の愛するあの方はいつでも、ベッドの上で何も変わることがない。
学歴も個性も力もない私は、建前だけの『組長のお世話係』を言いつけられた。けれど毎日病院に通っては一日ぼうっとし、たまに報告と称して彼に会いに来ても、無駄話が終わればこの短いやりとりだけで用事は済んでしまうのです。

「特にご報告することがありませんでしたので……お手を煩わせて申し訳ありません」

最近彼は新しいお仕事に力を入れ始めたと聞いた。その計画に私は必要なかったのだと思うと残念でしたが、そんな時期であればお忙しいだろうと、ますますこんな程度の報告に時間を使わせるわけにもいかず足が遠のく。私が寂しいのを我慢すれば良いだけの話。だって彼は私がいようがいまいが、関係なさそうだから。
とはいえ彼にとって組長様がどれほど大事なのかはよく知っているので、勝手な判断で報告を怠ったのは良くなかったかもしれない。

「せめてお電話でも差し上げるべきでしたね」
「電話はいい。お前が来い、暇だろ」
「……暇なのは、貴方のせいだと思うのですが」

呟いてみると睨まれたので口を閉じる。
もちろん組長様のお世話係というのも大事なお仕事――彼と組長様がいればそれでいいのですから――とは思っているけれど、もう少し彼のために何かしたいという気概もある。もうすでに何度か交渉しては一刀両断が続いているので、しばらくはと諦めているけれど。

彼は嘲笑するように鼻を鳴らし、当然のように言い放つ。

「お前に何ができる?」

その言葉はずるい。私が言い返せるわけがないでしょう。“無個性”で、身体も小さくて力も弱くて、学もない。これまで神の教えと貴方のことばかりを考えていたので、世渡りの術さえ持ち合わせていない。
そんな私にお飾りの仕事と組員としての席だけを放って寄越して、その対価には余りある衣食住の足りた生活を用意しているのは、他でもない貴方でしょうに。何もできないと自覚がある故に、多少なりとも引け目を感じてしまうのは当然のことではありませんか。

こうしてペストマスクも頂いたし、彼の直属の部下としてあの人達にも負けないくらい、私だって彼に忠誠を誓っているつもり。

「……ですからせめて、貴方の邪魔はしたくないと思っているのです。最近またお忙しいと聞きましたから、お伺いするのは迷惑かと」

いかに無能な私だって、何も考えずに仕事を放棄したと思われるのは心外だったので、思考していたところを口に出してみた。どうにも言い訳じみてしまった気がして、ああまた彼に睨まれた。
やはり私では、彼に近づくことはできないのでしょうか。

「忙しい?……何か聞いたか?」
「何かというわけでは……先日、お話しされている組員の方々をお見かけしただけです」

なんと仰っていたか、私には理解できませんでしたが。



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