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白の世界 - 1



彼と出会ったのは中学生の頃。まったく一般的な公立中学校の、いわゆる校舎裏の人気のない場所。


「えー、“無個性”つっても、フツーに可愛いじゃーん!」
「むしろアレな、下手な異形型と比べりゃ全然マシじゃね?」
「……あの、ご用件はなんでしょう?」

さすがの私でも、呼び出された先で待ち構えていた男子生徒達を見れば、穏やかな状況でないことくらいは察しがついた。
人を疑うことは恥ずべき行為であるとは思うけれど、ジロジロ私を観察してニヤニヤ笑いを浮かべる彼らの誰が、古典的な『下駄箱にラブレターを忍ばせる』純情をお持ちなのでしょうか。

「ご用件は書いてたでしょ?『入学した時から気になってました』ーって」
「噂にもなるよぉ、イマドキ“無個性”の女の子なんてさぁ」

確かに、私は生まれつき“個性”が備わらない“無個性”だった。この超人社会において、個性を持たない人間は段々と数を減らしている。私の学生時代にはすでに、“無個性”の人間は学年に一人か二人といった割合にまでなっていた。入学からひと月半、他の“無個性”の同級生がいるという話は聞かなかったので、おそらくこの学年に“無個性”は私だけだった。

「個性がないなんて大変だねー。困ってることがあったらさ、俺らに相談してみなよ?」
「そーそー。手取り足取り教えてあげるってな!」
「くせー!お前それはキモいわ!」

ギャハハと声を立てた笑いもやはり卑しく、こんなことに付き合う必要も感じなかった。

「お気遣いなく……失礼します」
「オイオイつれないこと言うなって!先輩方は頼られたいだけなんだって」
「ちょ、っと……!」

警戒はしていたから、十分に距離を取っていたつもり。だから背を向けて走れば逃げられるつもりだった。不都合だったのは、相手の中に腕が伸びる個性の持ち主がいたということだけ。
難なく手首を掴まれてはどうにもならず、壁を背にして取り囲まれ、彼らは相変わらずニヤニヤして私を見下ろしていた。

「私利私欲のための個性使用は、禁止されています!」
「うわ真面目ー!」「そんなの守ってる奴いないって!」

真面目じゃない。守ってる奴いないとか、そういう話じゃない。どうしてそんなことを笑って言えるのでしょう。

私はきちんと、自衛のためにって考えてる。“無個性”だとわかった時から、その一点だけで被る理不尽を知っていたから、親からも先生からも『気をつけてね』と言われたから――それを、そんな風に笑って踏みにじるだなんて。
私が“無個性”とわかっていて、それを都合のいい個性で押さえつけようとするなんて、そんなことを、当たり前のように笑うなんて!

「そ……そんなこと、神がお許しになりません……!」
「ハァ?」

思わず口をついた言葉に、彼らは一瞬きょとんとして、それから一番大きな声で笑い出した。
神だって、まじかウケる、つか顔真っ赤じゃん――もはや投げられる声すべてが刺さって、鼓動が早まって、握りしめた拳が震えていた。

ああ神よ、我らが父よ。答えてください。私は間違ったことを言いましたか。人は皆、あなたの御前で等しくあるのでしょう。
それなのに、それなら、どうして――


「それで言うとさぁ、俺らは神サマに愛されて、キミは神サマに見捨てられたって話になるんじゃね?」


言えてる、そうじゃんだってキミ“無個性”なんだから。
――どうして、私が……!


「……汚い。お前達も十分病気だ」

不意に響いた低い声は、私の求めた神の御心ではなかったけれど。


「ああ?」「なんだよ、お前急に!」
「……や、まてヤバイって」

声の主の姿は私には見えなかった。しかし男子生徒の中の一人が、急に青ざめて声をあげる。

チサキだ、あいつガチだよ関わんない方がいい――げっまじかよ、うざ――やめとけって!もういい、行こうぜ――そんなやりとりがあって、私を囲んでいた人達は先程までの粘着質とは打って変わって、さっさとその場から離れていった。
一体何事かわからないけれど、自分達だけ慌てて逃げ出して、そこに私を放置していくという最後も含めて、どこまでも卑しい人達だと思った。

残ったのは事態を飲み込めていない私と、男子生徒達がやたらと恐れたもう一人。黒いマスクをしていて伺いづらい表情が、どこか面倒臭そうに見えた。
逃げていく少年達を、目を細めて見ている彼がどうしてあんなに恐れられたか――その時の私に知る由はなく、そのおかげで躊躇いなく彼に声をかけることができた。

「あ、あの……ありがとうございました……」
「なにが?」
「えっ、ええと、助けて頂いて……」
「そんなつもりはない」

今でこそ、その言葉が事実であることはよくわかる。彼は見知らぬ後輩をわざわざ助けるほどお人好しじゃない。
けれどその時は、その言葉が何か優しいものであるような気がしてしまった。

「……なにを笑っているんだ」
「ふふ、すみません、安心して」

彼は怪訝な顔で、笑う私を見た。安心して、というのは実際に一番の理由だったので嘘ではない。けれどその次くらいに、やっぱり嬉しさは否めなかった。

「つもりはなくとも助けられました。ありがとうございました」
「……病人共が目障りだっただけだ」

彼は眉を寄せてそう答えた。後から推測するに、あの時彼は多分、感謝の言葉を受け取り慣れていなかったのでしょう。
黒いマスクは少しばかりおかしな感じがしたものの、白い手袋をした左手でちょっと頬をかく仕草には年相応の姿を見た。それもなんだか嬉しくて、私はついつい彼に踏み込んでいった。

「病人とはどういう意味なのですか?彼らは至って健康に見えましたが」
「お前も相当頭がおかしいように思うが……」
「そ、それは心外です」

しかしこう対応してくれるということは、彼にとっての『病人』に私は含まれていないということでしょうか。私はそう考えて、彼の言葉を待った。それもまた『頭がおかしく』見えたのか、彼はジトリ私を見た。それから軽くため息をひとつ。

「……あれは病気だ。個性を持てばなんでもできると勘違いしている――しかも『神に愛された』なんて、明らかに重症だ」

そもそも神なんていない――と続いた。
個性を病気と称するなんて、初めて聞いた。一体どういう意味なのでしょう。だって個性とは、人が生まれる時、最初に神から与えられる贈り物。

「神は、いらっしゃいます」
「なんだって?」
「――でなければ、私はどうして“無個性”なのでしょうか」

最初の贈り物を、神は私に下さらなかった。
それには意味のあることなのだと、ずっと聞かされていたからこそ私は自分の“個性”を受け入れたのに。

「貧しいものは幸いであると、神はおっしゃいました。私は神から試練を与えられたのです。それを受け入れればこそ、ついに私は神に赦され、真にその御前にて平等に愛されることを――」
「頭のおかしい宗教勧誘はやめろ。気味が悪い」
「……そのようなつもりは」
「つもりはなくてもだ」

奇しくも先ほどの私の言葉だった。威圧的な瞳に睨まれれば口を閉じざるを得ない。

「……しかし、なるほど。『貧しいものは幸い』か……」
「どうかしましたか?」
「確信を持っただけだ。この世界は病人が多すぎると」

彼はそう呟いて、目を細めた。マスクでは表情を読み取りづらいのに、その時ばかりは初対面の私でもわかった――確かに、彼は微笑んだのだと。

それには慈愛も善意も含まれない。彼は彼のためだけに、私が伝えた御言葉を都合よく解釈しただけだった。
それでも、私はその時に。


「――俺からすれば、お前は神とやらに守られたんじゃないか」
「え」
「世界人口の八割が罹る感染症。お前はそれから守られた……まぁ、お前の宗教観は知らないが」


少し肩をすくめた彼は、多分適当なことを言っただけなのでしょう。
彼の思想は一般的なものとは離れているので、私には全て理解することが出来ない。それでもその時彼に示された言葉は、私の求めていた『意味』は、足枷からむしろ軽やかな天使の羽のように、私の心を救ったのです。

――ああ、我らが父よ。私は今ようやく、あなたの愛を信じます。

「私は……神に愛されなかったのだと思いました。本当は私は、神を疑っていたのです。どうして神は私にこのような試練をお与えになったのかと、御心を疑っていたのです」
「……そりゃ神なんていないからな」
「いいえ、いいえ。神はいらっしゃいました。私にお与えになった――いいえ、お与えにならなかった意味を、私はようやく理解したのです。やはり私は幸運だったのです。どうして神を疑ったのでしょう。私は――」

――“個性”なんかよりも、一層貴いものを神から頂いたのです。

その言葉はさすがに気恥ずかしくて、口に出すことはできなかった。
彼は突然機嫌を直した私に気味悪そうに眉を寄せて、軽く首を傾げた。神を信じないらしい彼にとって、私の思想は理解しきれないのでしょう。しかしそれは私にとっては幸いです――罪深いことです。

「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……なぜ?」
「私は貴方に救われたからです」

そんなつもりは一切ないぞ、つもりはなくとも救われたのです――そう押し切って、私は彼に近づいた。



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