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白の世界 - 白の世界



本日は久しぶりにお休みでしたので、組長様とゆっくりお会いすることができました。

ええ、いつも通りでいらっしゃいましたよ。穏やかに眠っておられました。
残念なことです。最近ようやくお仕事の方も安定してきて、せっかく新しい検査もして頂いているのに、貴方の御業には簡単に届きそうもありませんね。



お仕事ですが、ありがたいことに定期的にご指名を下さる方が数名いらっしゃるのですよ。
貴方のお陰で随分世間知らずだった私でも、人とお話をするお仕事をしていると、自然と色々な話を耳にするものです。最近なんて、自らニュースを見たり、インターネットの噂だって調べるようになったのですから。
随分と常識的になったと、きっと驚かれますよ。

そんな折、私はまた貴方の御加護を感じることがありました。ご存知ないと思いますが、どうやら私はちょっとした有名人だったようです。テレビで報道されたわけでもないのに、インターネットの力とは恐ろしいものです。

あの日、警察に連れられる私の姿をどなたかが撮影していたらしく、勝手に色々と勘繰った方々は、私のことを貴方の“恋人”だなんて思ったそうですよ。
恐れ多いことです。さすがに貴方にお知らせするには、乙女心が許さない内容もありましたので、色々なご意見については割愛させて頂きますね。私にとっては驚くくらい、彼らにとっては大層面白い題材だったらしいとだけ。

ですが、それほど話題になっていた割に、私は今こうして、つつがなくお仕事をさせて頂けている。

白いペストマスクは、よく目立ちますね。とても印象的で、それを外してしまえば、まさか私が元極道の、直属の上司があの監獄に収監されているような人種であるとは、気づきもしないのでしょう。
きっと貴方にそのつもりはなかったのでしょうが、貴方が恋しくて着けていたマスクですから、つもりはなくともまた貴方に助けられてしまいました。



私はもう、貴方の言いつけをこんなにも蔑ろにして生きているというのに、貴方の優しさですらない施しに気づく度、泣きたいような笑いたいような妙な心地になるのです。

貴方のお許しなく組長様の治療をお願いしたことも、貴方以外の方のお話に耳を傾けることも、貴方に頂いたマスクを大切に仕舞い込んでいることも、全て貴方を裏切る行為なのに。
私にとって都合のいい、神ではない貴方は、そんな私のことも許して下さるのではないかと夢想しながら生きております。

罪深いことです。
私はもう神へ赦しを乞うことをやめておりますから、これで構わないのです。



貴方にもう一度お会いしてみたいけれど、警察の方に何度尋ねてみても、難しいだろうとしか返して頂けません。
どころか私は未だ、貴方の犯した罪だって知らないままなのです。それを知ってしまえば私も無関係ではいられなくなると言われ、諦めてしまいました。

組長様をお守りするお役目だけは、私が貴方に頂いた最後の信頼だけは、必ず全うしなければなりませんから、貴方の後は追えません。

貴方が大切な両腕を失ったことも、警察の不手際としてメディアに取り上げられたものを聞きかじったのみです。
その時私がどんな思いだったか、きっと貴方にはわかりませんよ。一度でいいから触れてみたかった、触れられてみたかった、なんて貴方が思うはずないですもの。

それほど美しい貴方でしたから、私もただ愚かに信仰していられたのです。
貴方からすれば、そんな私の方がお好みでしょうか。不純なものはお嫌いでしょう。

けれど、水底に沈んでしまった貴方には、きっと今の私の方が幾分かお似合いだと思います。
少しは頼りにして頂けるように、頑張りますから。

いつまでも、お待ちしております。貴方の望んだ白の世界は、少し様変わりしてしまいましたが。
きっとその方が、貴方の重荷を下ろすには、お似合いだとも思いますから。


ね、廻さん。

白の世界



どれほどの時間か知れないが、思考は途切れることなく、寝ても醒めても廻り続けていた。

怒り、絶望、復讐心といったものも初めには存在していたように思えるが、今や、後悔、後悔、後悔。全て失われた、奪われた、病人共に。
そもそも自分は何を手にしていただろうか。それすら忘れてしまうほど時間が経ったような気もするし、それは気のせいだと言われても、仕方がないような心地で生きている。

後悔――唯一の人、彼にとっての神、もう治せないもの、戻らないもの。
彼女曰く、元より自分には、あの人しかいなかったのに。謝らなければ、親父には、ちゃんと……。

彼女は、どうだろう。依然頭のおかしい宗教家かもしれないが、自分のいない世界でなら、彼女は品行方正に生きていたろうから。

ユナを閉じ込めていた白の世界は、治崎の望んだ世界でしかないから。そしてそれは、もう完成しないから。
彼女は都合のいいものを信じるから、きっと、今の自分を望まない。そんなことは、同類たる自分が、一番よくわかっている。


両腕を失い、個性を失ったことを揶揄する高笑い――自分もまた病人だったと、その時やっと気づいたのだ。
……彼女はそれに、感づいていたのだろうか。



――『オーバーホール……』

治崎の言葉を受けて、呟くような声で、彼女は繰り返した。

すでに数年の付き合いはあったので、納得がいっていない時の声だと感じる。目を細めた彼を見上げて、ユナは慌てて首を振った。

――『いいえ、貴方に逆らおうなどというつもりは全く。そうですね、それは……貴方を一層、引き立てるでしょうね』

そんな安易な理由であるはずがないと反論すれば、申し訳ございません、と返ってくる。確かに逆らう気は無いようだが、まだ浮かない顔をしている。

治崎が名を捨て、しばしの間親父の意向に背くとして、そこにユナを連れて行くつもりはない。嫌なら呼ばなければ良いだけのことだ、どうせ今までもお互い、わざわざ相手の名を口に出すような機会は多くなかった。
ユナの世界には神と治崎のみで、それはこれからも狭まり続ける事を治崎だけが予感している。そんなものだから、わざわざ個人を識別するための符号など、使う必要もなくなる。

――『本当に、貴方のお名前を、もう呼んではいけませんか?』

大した指令ではないはずだ。実際、他の組員は二つ返事で承知した。
それなのに珍しく食い下がるから、コイツくらいはいいか、と一瞬思わないこともなかった。けれどそれでは示しがつかないし、この女を明らかに特別な位置に置いていることが自覚されるようで、益々気が乗らない。

にべもなく却下すると、そうですか、と少し残念そうに眉を下げる。

――『……では、これだけ、覚えていて下さいますか?オーバーホール』

指令を諾したと示したいのか、わざわざ付け加えるあたりは治崎の扱いに慣れている。とはいえ彼女の言葉が無駄話でないことも少ないので、覚えているかどうかは聞いてから判断すると答えると、貴方らしいですね、と笑った。先ほどよりは明るい表情だ。

――『私が貴方に従うのは、ただ貴方自身への信心故です。貴方のその御業に、頼っているわけでも恐れているわけでもないのです。貴方に力があろうがなかろうが、個性を持たない私にとっては、大きな問題ではありませんから』

――『この記号のみでは、私の信じる貴方が、全ては表せないことを……きっと、組長様も同じように仰るでしょうことを』
――『どうか、覚えていてくださいね』



後悔――たった一つ、二つしかいない世界すら、守れなかったことを。
後悔――あの時一蹴した言葉を、この期に及んでまだ覚えていると、伝えられないことを。
後悔――こんなに愛した二人に、もう、与えることも与えられることも、許されないことを。

思考は、廻り続けている。




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