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雨垂れ石を穿つ - 02



記念受験なんて言われ方をするのが、本当はとても嫌だった。確かに、あの雄英ヒーロー科なんて最高峰、私みたいななんの取り柄もない人間が受験するなんて、よほどの馬鹿か記念受験のつもりだと思われるのは当然のこと。
私はそれを自覚できていたから馬鹿ではなかったと思うし、それは周知でもあったので、『へえーいいじゃん!で、本命はどこなの?私立?』なんてあっさり受け流されては『あー……それか、普通科引っかかったらいいなーって』などと笑った。

ヒーローになりたい、と口に出していたのはそれこそ、個性が発現してすぐの頃だけだった。
私は比較的早く個性を得たので、すごいすごい、もう個性が使えるんだね、って無条件に可愛がる親や保育園の先生に、もしかしたら勘違いしていたのかもしれない。

続けて周りの子ども達が順に各々の個性を見せ始めるに従い、私が得た個性なんてまったくもって凡庸で、私よりもっと強くて派手でかっこよくてヒーロー向きで称賛されるべき力を持つ子が沢山いるのだと――気づいてからは、口に出すのをやめた。

でもね、本当に、ヒーローって憧れだったんだ。みんな一度は夢を見るでしょう。
今この瞬間に、自分達の前に出逢ったこともない悪が現れて、それを格好よく追い払って、みんなに感謝されて、すごいすごい、って拍手を受けるの。あのテレビの向こうでいつでもかっこいいオールマイトみたいに、周りの人達の中から抜きん出て、人々にとって特別な人間になるの。
唯一の何かになるの。称賛されるべき、ヒーローに。



「はあ、……まだ、8点……」

やっぱり全然、だめじゃないか。
実技試験開始からもう何分経ったんだろう。まだお邪魔ギミックとやらも作動していないなんて、この試験はあとどのくらい続くんだろう。私はあとどれだけ、この場に立っていられるだろう。

周りでは私と同じように動きが鈍ってきた子もいれば、むしろ調子が出てきたというように駆け回ってる子もいる。ああ、きっとこうして差ができていく。ヒーローになれる、特別になれる、何者かになれる人間と、私みたいな凡人の。

それでもまだ諦めきれなくて、とっくに手足はガタガタだし、個性の使いすぎで頭も痛いけど、せめてものあと3点。これで11点。
ピーッと停止音を背中で聞いて、ついにその場にへたりこんでしまったけど。こんな不調でまだ3点敵を止められるんだもん、私だって、そんな、捨てたもんじゃないはずでしょ?


「――おい!あぶねーぞ!」


呼吸が整うより先に、焦ったような声がして。
ハッと振り返れば、機能停止によりバランスを崩した鉄の塊が、こちらに倒れてくる。

これは避けられないな、と思って、ここで終わるのかという絶望と、これで終わるのかという……少しの安堵があって。

――それを全部ぶち壊すように、硬い拳が吹き飛ばした。

「……えっ」
「大丈夫か!?」

ガシャァンッと横に倒れたロボットの残骸は、ポロポロと私達の頭上にも降ってきた。心配そうに私の顔を覗き込む黒髪の少年は、そんなの全然気にしてないみたい。
今ロボットに叩き込まれた右腕、そこから少し続いて右の頬あたりまで、皮膚や髪の毛が岩のように硬くなってる。それが彼の個性らしかった。

「点取れたからって、油断しちゃダメだぞ!デカいし!結構脆いし!ああいうの、あるから!」

なぜか彼は私よりも慌てた様子で、軽く説教を始めてきた。
脆い……とは思わなかったけど、確かに私が得点したはずのロボットは、彼に殴られた後完全にスクラップだった。実力差か……。

「油断したってわけじゃないんだけど。もう体力なくって……今もごめん、ちょっと立てないや」
「そうだったのか」

体力ないのもきちんと管理できないのも、自業自得だ。
なのに彼は私の言葉でその場にしゃがんで、じゃあ手貸そうか?と首を傾げた。

「この辺まだ敵狩ってるやつ多いし、休むにしても場所移動した方がよくない?」
「……そうだね」

一瞬、見下されてるような気になった。でも事実、他の受験生の邪魔にもなりそうだし、彼の言うことは何も間違っていない。
力のない声で頷くと、彼は本当に私に肩を貸してくれた。腰を支える腕が力強くて、実力差か……とまたぼんやり思った。

「ごめんなさい、時間ないのに」
「これくらい大丈夫!気にすんなー」

大丈夫かどうかって、私達誰もわからないよ。合格基準点も明示されてないし、お互いの得点を知ってるわけじゃない。時間いっぱい実力を発揮してなきゃ、きっと後悔するだろう試験なのに。
そのシステムに気づいていないのかと思うくらい、本当に大丈夫そうに笑う少年だ。

「……なんで、得点にもならないのに、助けてくれたの」

停止音がした時点で、あのロボットの得点は私のものだった。彼も認識していたみたいだし。
割って入るメリットは何も無かったのに、彼ならきっと、躊躇なく私の方に駆けてきたんだろうなという気がした。

「なんでって、普通助けるだろ?」

当然のように返されて少したじろいだ。私だったら多分、気づかないもん。気づいたとしても一瞬迷うと思う。
どうせ後で治療は受けられるんだし、私達いま、受験戦争真っ只中だもん。

なんだか自分が悪い子のような気がして、つい意地悪を言ってしまった。

「やーまあ……ほら、ライバル減るじゃん」

私みたいな雑魚、ライバルにすらなれないくせに。
彼は私の言葉で、ああたしかに、と呟いた。これは本当に気づいてなかったのかもしれない。

「――でも、そんなの漢らしくないしな!」
「……そっか」

一瞬、なにそれって思ったけど、彼が恥ずかしげもなく言うので、妙に似合っているような気がしてきた。くすっと笑うと、なんで笑うんだよ!と返された。

「おかしいかよ」
「あはは、ううん。おかしくない。似合ってる」
「にあ……そ、そうかっ?」

でも満更でもなさそうに少し赤くなるのは、漢らしいというより、年相応に可愛らしい。

「……ここまででいいよ」
「わかった」

入口に向かって歩いていて、もうあまり人もロボット敵もいなくなった。
先ほどまで渦中にいた喧騒が、少し遠くから響いてくる。

「ありがとう」
「おう、ちょっと休んでから来いよ」

あんま時間ないかもだけど、と彼はまた少し心配そうにした。私はそれを聞いて、軽く笑ってみせた。

「うん、大丈夫。無理そうならもう、あれだし。リタイア的な」

わざわざ時間とらせて助けられた分、大人しくしてるから――そんなつもりで口をついた言葉だったが、彼は途端にムッとした顔で、こう言った。

「そういうの、漢らしくないぜ」
「……なにそれ?」
「それで後悔しないってんならいいけど、違うだろ」

ハッキリ言われて、言い返せない。
これで終わるのかと、安堵した。彼に助けられたから無理はしないと、理由付けをした。途中でやめても許せる理由、自分の理想に背く理由を探していただけにすぎない。
見抜かれてしまった――そういうところがまた、私は特別じゃないのだと自覚させる。


「……そりゃ、きついよな。疲れるし、痛いし……周りがみんな、凄いやつに見えるし」


驚いた。彼みたいな人も、そういうこと、思うんだ。拳ひとつで大きなロボットを吹っ飛ばせて、試験中でも他人の心配ができて、私を安心させる笑顔だったのに。

「でも、間に合うかもしんねーじゃん……いや」

彼は一度言いかけて、やめて。自身の拳を開いて、握って、また開いてから。
私に向けて、なぜか嬉しそうに笑った。

「間に合う!だって俺、アンタを助けられたんだろ?」

――なにそれ。
呆然と彼を見てしまった。全然、わからない。

私のことは私が一番よく知ってる。どう考えても間に合わない、体力的にも時間的にも。
彼だってそうだ、私みたいなのに引き留められてて、この時間のロスをどう巻き返すつもりなの。

「ホント、すげー奴いっぱいいるんだろうけど、俺らだって負けてねぇって!」
「ええ……そりゃ、あなたはそうかもしれないけど……」
「お、サンキュ!アンタも、そんなフラフラなのに、ちゃんと3点敵倒してたじゃん。かっけーよ、自信もって!」

慰められた。ばしっと両肩を叩かれて、遠慮がないのかちょっと痛い。
でも、そっか。見てたんだ――私の悪あがきでも、彼には一応かっこいいって思ってもらえたんだ。

「……わかった。そうだね――後悔は、したくないよね」
「そう!それが漢気ってもんだぜ!」
「あはは、なにそれ」

思わず笑ってしまった。彼はそれを見て、ひとつ頷くと、じゃあと手を離した。

「俺先に戻るから!お互い頑張ろーぜ!」
「うん……本当、ありがとう」

最後にもう一度お礼を言うと、彼はグッと親指を立てて返した。



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