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雨垂れ石を穿つ - 01



電車を降りると、思っていたより激しい雨だった。

「あー……ついてないなー……」

うちの最寄りは小さな駅で、構内に都合よくコンビニが入っていたりもしない。傘を入手できる一番近いスーパーも、徒歩で五分弱かかる。
いつもなら鞄に折り畳み傘を常備しているのに、今日に限って忘れた。会社に持ち込む荷物が多いからと、いつもは使わない大きなバッグを持ってきたのが悪かった。

今更天気予報を確認してみると、雨マークはこの時間帯にしか付いていない。ということは、少し待ったら多少収まるかな。そうしたら駅を出て、走って帰ろうか、傘を調達するほどの距離でもない。

駅構内のベンチに座って、スマホ片手に時間潰しを始める。
ネットニュースには今日も、ヒーローの華々しい活躍が並ぶ。最近は私と同い年のヒーローもたくさん活躍しているらしい。

――はあー、すごいな。
今更未練なんてないけど、私も昔は、実は、ヒーローを目指していた。

*  *

昇降口までやってきたら、結構な雨だった。忘れてた。

「あー……ついてねぇ……」

午後の演習の後、一人で居残っていた。もともとヒーロー科は一時間分授業が多く、さらに居残りをしていたとなれば、知り合いはもう校内に残っていないだろう。
今日は午後から雨だっていうのを後から知って、爆豪にでも駅まで入れてもらうつもりだったのに。

仕方ねえ、走るか。と、普段ならなるのだが、それも難しそうな程の雨だった。夕立にはまだ早いだろ、時期的に……そんな文句を言ってもしょうがないのはわかっている。

どうすっかなー……といよいよ途方に暮れかけた時だった。

「――あ、A組の切島くんだ。何してるの?」

あまり聞き覚えがないのに、不思議とすんなり耳に入ってくる、そんな声だった。
名前を呼ばれて目を向けると、やっぱり名前の知らない女子生徒だ。A組の、という言い方をするあたり、同級生なのだろうか。
俺には全然覚えがないのに、彼女はまるで自然な様子で、俺の隣まで歩み寄ってくる。あれ、まさか知り合い?やべ、全然思い出せん。

「や……雨降ってて、どうしようかと」
「ああ、傘忘れたんだ。結構降ってるもんね」

言いながら玄関口の向こうを見やる横顔は、どちらかというと可愛い感じ。上鳴が好きそう、って何考えてんだ俺。

「意外。切島くん、気にせず走って帰りそうなのに」
「お、俺だって一応、何でもかんでも飛び出すわけじゃねーよ」
「あはは、そっか。いやね、体育祭見てたから、大雑把に動くタイプなのかなって勝手に思ってた」

体育祭。つい三週間前に開催されて、俺は一応決勝に出たからちょっとだけ知名度が出た。

「……あのさ、ちょっと聞きづらいんだけど、俺らって知り合いだっけ?」
「なあに、それ!」

おずおずと尋ねれば、少女は可笑しそうにケラケラ笑った。その笑顔にも見覚えなし、屈託無くて好感は持てるけど。
こんな風に気軽に接してくるということは、本当に知り合いなのか?でもよく見たら制服は普通科だし、俺、普通科に知り合いなんて――

「ああ、ごめんね。困らせちゃった?」

俺が眉を寄せて黙っていたからか、少女はやっと笑うのをやめて答えてくれた。

「切島くんのことは、体育祭で名前を知ったの。だから切島くんは、私のこと知らないはずだよ」
「そ、そうか!びっくりしたァ」
「紛らわしかったかな、脅かしてごめんなさい」
「いや、全然!問題ねーよ!」

実際ものすごく焦ったが。安心してようやく、こちらも彼女と同じように笑って返すことができた。
ははは、と笑う俺は多少ぎこちなかっただろうが、少女はくすりと小さく笑っただけだった。

「あ、そうそう。傘ね。よかったらこれ使って」
「へ?」

そう言って差し出されたのは、可愛らしいデザインの傘だった。白地にパステルカラーの柄が入った、お世辞にも漢らしいとは言えない傘だ。

「え、いや、いいって!自分で使えよ」
「私、折り畳み傘も持ってるから大丈夫。鞄の中にいつも入れてるの。雨に降られるの嫌いなんだ」

折り畳み傘をいつも入れてるのに、さらに傘を持ってくるのか?俺からすればよくわからない感性だ。さらに、見ず知らずの女子生徒に物を借りるのはあまり気が進まない。
いや、でも、と言い淀む俺に、彼女はついに笑うのをやめてムッとした表情を浮かべた。

「持ち主がいいって言ってるのに、どうして嫌がるの?」
「嫌ってわけじゃねーよ、ありがたいけどさ……」
「そーやってウジウジ躊躇するのを、切島くんは『漢らしい』って言ってるわけ?」

その台詞には驚かされた。初対面のはずなのに、なんで俺の好きな言葉を知ってるんだろう。体育祭で知られたのか?

「そう言われると……なんか……」
「情けないよね!はい、どうぞ」

ついに押し付けるようにして、可愛らしい傘が渡された。俺の気が変わらないうちにとでも思ったのか、じゃあね!と自分の折りたたみ傘を広げて雨の中に出て行く少女の方が、むしろカッコいいような気さえした。

「私、D組の夢野っていうの。傘、返すのいつでもいいからね」

そう言って雨の中にっこり笑う彼女は、雨なんてものともしないような清々しさだった。



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