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束の間、夢を見たかのようだ - 04



「――ふふっ、勝己くんったら〜。ゴローちゃんはそんなもの食べないよ。お茶目さんだね〜」
「――はああ!?」

三度、背後からの声だった。しかし今度こそはあまりに聞き慣れた声だった。振り返ると、クスクス楽しげに笑う黒髪の女。見慣れたコスチューム姿と、片手にはなぜか、煮干しが入った大袋。

「幽姫!?テメエなんでこんなところに!」
「驚いたでしょ〜。ま、私も急に呼び出されてびっくりしたけどね」
「呼び出されたぁ?」
「そうだよ。あなたの可愛い部下に」

言いながら、幽姫がちらりと視線を向けた。ホテルのエントランス、ガラスのドア越しに爆豪の相棒が心配そうな顔でこちらの様子を伺っていた。

「どういうことだ。意味わかんねーぞ」
「だとしたら、勝己くんは私の忠告をあんまり理解してなかったってことかな〜」

まったく、とわざとらしく息をつく。忠告?と顔をしかめた爆豪だったが、その時、ふわりと慣れた重さが頭上にかかった。ゴローの仕業か、とすぐにわかって、そして次の瞬間には重みは消えた。


同時に、太った黒猫が幽姫の肩へ飛び移ったのが、しっかりと目に見えてしまった。


「……は?」
「わ〜!黒猫ゴローちゃん、久しぶりだねぇ。はい、ちゃんと買って来たよ〜」

幽姫の細い肩に乗るには、猫はどうも大きすぎた。しかしそいつはふわふわと身体を揺らして、幽姫の差し出した煮干しに鼻を寄せる。そしてくるりと踊るように宙を舞って、今度は幽姫の頭の上に降り立った。

「……はあ?」
「ゴローちゃんね、生前はこの煮干しが好きだったの〜。今日はせっかく目に見えたって聞いたから、ここに来る途中で買ってきたんだ」

幽霊は煮干し食べられないけどね、とあっさり呟いて、猫に差し出したはずのそれを自分で食べるという謎の行為。食べられないって知ってるなら買うなよ――俺だって知ってたら買わなかったっつーの!

「……はああ!?ゴロー!?」
「気づいてなかったの?前に写真見せてあげたじゃない」
「覚えてるわけねぇぇだろ、んなことォ!!」
「――にゃー」

*  *

「勝己くん、幽霊に声かけられたんじゃない?」
「ねーよ」
「じゃあ逆に、声かけちゃったのは?」
「……」
「それだよ、もう、気をつけてって言ったのに。だからゴローちゃんが、代わりに幽霊の気を引いてくれたってところじゃないかな?」

ビジネスホテルの一室で、いつかのごとく向かい合っていた。ベッドの上であぐらをかき、肘をついて黙り込んだ爆豪に対して、幽姫はわざとらしくため息をつく。
話題のゴローちゃんは、幽姫の膝の上から爆豪を観察し続けている。

「事務所に電話かかってきた時は驚いたよ〜。死にそうな声で『うちの爆心地さんがお化けに誘拐されたかもしれないですー!』って」
「情けねーなあ、アイツは本当に!」
「心配してくれたんだよ。誰もいないのに迷子って口走ってた、なんて聞いたらすぐに察したから、私が到着するまでは話し合わせておいて、って伝えたの。ついでに、猫の幽霊は多分害はないから放っておいてって」

それだけの指示をして、すぐに新幹線でこちらまでやってきたそうだ。大方、あの相棒が急に意見を変えたのは、幽姫が到着するまでの時間稼ぎだったのだろう。

「で?なんで急に幽霊なんかが見えるんだよ。おかげで散々だっつの」
「言ったでしょう、天然の私みたいな場所があるって。幽霊が干渉しやすい場所であり、勝己くんみたいに霊感のある人にはその性質を移しちゃうような場所。特にゴローちゃんと勝己くんはいつも私と一緒にいるから、影響強かったのかもね。普通影響されると言っても、一時間も経てば消えるくらいだし……結局何事もなくてよかったよ」

ゴローちゃんが目を光らせてたおかげかな、なんてへらりと笑って、それから幽姫は立ち上がった。それに合わせてひょいと跳ねたゴローちゃんは、そのままゆらりと宙に浮く。一応数年来の付き合いである相手とわかっても、ふくよかな黒猫がそこらを漂う様はどうも気味が悪い。幽姫はいつもこんな世界を見ているのだろうか。

「うちの勝己くんはそんなに柔じゃなかったよって、言っておくね」
「言わんでいい」
「ふふ、冗談。そんなこと言ったら勘ぐられちゃう」

だいたい名前で呼び合うことも、あまりよくない。恋仲なんてバレると面倒だ。『え、まじで幽霊いるんですか、え、ちょっと、爆心地さん近づかないでください』なんて青い顔で言っていたのだから、あの相棒が近くで聞いているとは思えないが……そもそも幽姫がいる時点でお察しである、諦めろ。



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