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束の間、夢を見たかのようだ - 02



わかりやすく迷子かと思われる声だった。しかし不思議だったのは、その子どもが振り返った先で立ち尽くして見えたことだ。
今さっき通り過ぎた時には、迷子の子どもなどいなかったように思ったのだが……。郊外の車通りの少ない公道沿い、歩道の脇はちょっとした林のようになっている。その林の中から出てきたというわけだろうか。爆豪も同行者も揃ってヒーローの端くれであるから、迷子らしい子どもに気づけば無視はできなかったはずだ。

「……おい、お前声かけてこい」
「え、なんですか?嫌です」
「上司命令だろーが!すぐ嫌とか言いやがって!」
「ええ……職権乱用は良くないですよ」

相手が幼い少女に見えたので、自分が行くよりは恐がらせないだろうと思ったのに、この生意気な新人ときたら。爆豪が声をあげたからか、少女は不意にこちらに目を向けた。
ぱちりと瞬きをして、ぴょんと跳ねるように寄ってくる……その様も、迷子の子どもにしては妙に楽しげに見えた違和感。

「――ママぁ、どこ?」
「は?」

思わず眉を寄せてしまったが、子どもを無駄に威嚇するな、と何度となく誰彼から注意されてきたのを思い出してなんとか抑えた。子ども相手は得意でないのに、まっすぐ見上げてくる先が呑気な相棒でなく爆豪だったのだから仕方がない。

「おいお前、迷子――」
「――あっ、猫ちゃん!」
「はあ!?」

今度こそは思いきり顔をしかめて声を上げた。問題はない、なんせ子供は爆豪の脇から飛び出してきた、太った黒猫に完全に意識が持っていかれたようだったので。
せっかくこっちが気ィ遣ってやったのに、直後猫に意識を向けるとはどういう了見だ。

少女の目を奪った黒猫は彼らの前でちょっと立ち止まって、一瞬爆豪の方を見上げたように見えたが、すぐにフイとそっぽを向いて行ってしまった。歩道沿いの、あまり手入れされていなさそうな林の中へ。

「――猫ちゃん待ってー」
「あっ、こら待てクソガキ!」
「ちょ、爆心地さん!?」
「テメェは待機だ!」

少女まで猫につられて駆け出した。とっさに伸ばした手が空を切って、仕方なく爆豪も彼らを追うことにした。そんなだから母親とはぐれたんじゃねえのかと内心で毒づく。
困惑したように声を上げた相棒は動き出しが遅いと後で注意しておこう。何にせよ慣れた土地ではないので、念のためこのルートまで戻る目印に待機を命じた。

黒猫と少女がすんなり駆け込んで行ったわりに、林の中は好き勝手に枝葉を伸ばした低木もあって随分進みづらい。どこかしらには道があるのだろうが、こんなところから突入するものではなさそうだ。
ますます、あの子どもがどうしてあんなところに現れたのか不思議に思える。細々と入り組んだ枝を払いつつ、駆けていく一人と一匹の背を追った。少女くらいの背丈であれば低木の枝なんかはそこまで問題ではないらしい。

――なんだって、こんなところに来てまで猫に振り回されなきゃなんねーんだ。

一瞬脳裏をよぎったのはそんな不満。彼女らとは離れた土地で、初めて会った頃から数年が経った今でも。爆豪の人生を大いに引っ掻き回しているもののうち、見えもしないあの猫のことを思い出させられた。



それから数分もしないうちに。
「……アイツらどこ行ったんだよ!クソが!」

猫と少女に綺麗に撒かれた男だけが残っていた。
おかしい。こちらも災害救助演習だかで、視界や足場の悪い場所での行動には慣れているはずなのに。あんな子どもに撒かれるだと。そもそも彼らに爆豪を撒こうという意思はなかったのだろうが、そんなのは大した問題ではない。ただの少女の脚力に負けたなんていうのは、爆豪の矜持が許さないという話だ。

もう放って帰ろうかという気すらしてきたが、ヒーローが迷子を放置するというわけにもいかないし、何よりあの生意気な相棒から『あんな女の子に追いつけなかったんですか?』なんてきょとんと言われるのも癪である。

進みづらい林は抜け出してしまった。やはりここは寂れた公園の一部か何かのようで、簡易な屋根付きのベンチが一つと、汚れた遊具が二、三置かれている。鬱蒼とした林に囲まれた立地も、錆びついた遊具も、今時の親子には好かれないだろうと思われるような小さな公園。広場の隅になぜか小さな祠があるのも、なんとなく落ち着かない。

――『そこって結構“ホンモノ”の噂があるところでしょう』

嫌なタイミングで思い出してしまった。そういえば、この辺りは所謂“出る”場所なんだっけか。心霊スポットなど信用していないが、恋人に忠告を受けてきた分くらいは気にかかるというものだ。

さっさとあの子どもを見つけて戻った方が良さそうだ、気づけば暗くなり始める夕刻になってもいる。
といっても、少女がまだこの公園の敷地内にいるという確信もない。広場から出たところでこの辺りの地理も詳しくないし、やはり見失った時点で余所者の爆豪には取れる択は限られてくるか……。

「――にゃーお」
「あ……テメェさっきの!」

背後からの鳴き声で振り返れば、黒猫が一匹その場にいた。ふてぶてしい顔つきの、太った猫。あまり可愛らしい部類ではないと思うが、こういう猫が好みだと言う女をよく知っているので、少女が関心を持ってしまったのも一応は納得しておく。

「つか、じゃああのガキはどこ行ったんだ?」

この猫を追っていたはずの少女はいない。眉をひそめるも、猫が答えるわけもない。呑気に前足で顔を洗うような仕草をした。
ついため息が漏れる。面倒くせえ、最初からおとなしくヒーローについて来ればよかったものを。今更言っても仕方がないので、とりあえず猫が出てきただろう方から林の中に戻ることにした。猫を追っていたなら、まだこの辺りにいるだろう。



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