「あー、そこって結構“ホンモノ”の噂があるところでしょう。いいな〜、勝己くん羨ましいなぁ」
「ハア?」
呆れた。相変わらずの幽霊女め。爆豪は顔をしかめたが、幽姫はスマホをいじる手を止めない。
「黒髪の女性とか典型的だよね。あと、首のない男性……そんなのは噂だけな気もするけど。でもそれだけじゃなくって、男の子が三人で遊んでる話とか、母子が声かけてくる話とか、割と信ぴょう性あると思わない?」
「……どーでもいいわ。俺の仕事と関係ねえ」
「そう?近くを通るって言うから、心配してるんだよ」
今さっきのは絶対心配からくる台詞ではなかった。羨ましいってハッキリ言っただろ――いわゆる、心霊スポットというやつだ。二日後の出張に一緒に行く予定の相棒も、同じようなことを言っていた。ただし、あちらは健全に『怖いですねぇ』という意味でだ。
出張といっても、新幹線であれば二時間もかからない距離である。相棒一人を連れて、向こうのヒーローと合流する手筈だ。二日後の始発で出発し、仕事自体はその日の夜には終わると見込んでおり、翌日には報告等事後処理をしてすぐに戻ってくる予定でいる。特に気負った話でもなく、幽姫にも適当な話題として出しただけだった。
「前にお父さんが仕事の関係で見に行ったことあるらしいの。珍しくホンモノっぽい場所だったって」
「ホンモノっぽいって?」
「幽霊が干渉しやすいポイントっていうのかな。天然の私みたいな感じ」
天然の幽姫みたいな感じ。言われてもピンとくるわけもなかった。
「勝己くんは霊感あるから、本当に幽霊見えるかもしれないよ!」
「なんでお前がテンション上がってんだ」
「ふふ、そうだったら嬉しいなぁ」
幽姫の個性は幽霊を見る個性である。霊感なんていうのは曖昧なものであり、彼女の見ている世界を共有できる人間はほとんどいない。数年来の付き合いであり、日頃幽霊に好かれて――憑かれて?――いるらしい爆豪でさえ、未だにあの猫の姿を見たことはなかった。彼女の実の父親くらいのものだろう、『霊感』の個性を生かして霊能者と心理カウンセラーの間みたいな、少々変わった仕事をしている。
今更期待もしていないが、視界を多少共有できるのであればその方がいい、といったところか。
「でもね、見えてるってバレたら憑かれるかもしれないから気をつけてね」
「はっ。別に怖かねーっつの」
「いや、変な子連れて来られると私が困るよ。勝手に私の個性タダ乗りされると、勝己くんも危ないし」
幽霊を怖がるなんてガキ臭いと、爆豪はまず気丈に言ってみせたが、意外にも冷静に返されてしまった。思わずムッと黙り込んでしまう。
タダ乗りという言い方が正しいかはわからないが、幽姫の個性は幽霊側からもある程度強制的に利用され兼ねないのだという。それを阻止するためにも、幽姫は幽霊と日頃親しく交信しているが、そういうコミュニケーションが成立しないようなタイプの“変な子”には近づきたくないらしい。
確かに、幽姫にお手上げされると対策のしようがないので、爆豪としても御免である。とはいえ負ける気はしないが――根拠は特にない。
「それにゴローちゃんが嫉妬しちゃうよ」
「それは知らん」
ゴローちゃんに関しては爆豪にはどうしようもない。見たこともなければ考えもわかるわけがない。
幽姫曰く、ゴローちゃんは爆豪のことが大好きらしい。私の方が付き合い長いのに、生前からなのに、と文句を言われたこともある。それもやっぱり、知ったことではない。
どこがそんなに気に入られるのかといえば、相変わらず爆豪を『一番強い人』と認識していて『幽姫を守ってくれる人』と思っているらしい。一番強いヒーローになるのは当然自分だと自負しているし、幽姫を守るというのも、まあ、悪くない。だから甘んじて放置しているが、正直なところ、見えないけど存在しているらしい何かと一緒に生活するというのが、偶に違和感となって決まりの悪い感じがする。
「気をつけて行ってきてね」
「何をどう気をつけろって?」
「それはまあ、なんとかしてよ」
雑な霊能者め。お前の親父さんを見習って、もうちょいマトモなアドバイスしろや。
* *
「予定より早く終わってラッキーでしたね!」
「あー?むしろ物足りねえっつの」
不完全燃焼の感が否めない。だいたい爆豪の性に合う仕事でもなかったので、最初から満足な成果があるとは期待していなかったが。出先で予想外のトラブルに巻き込まれるなんてコミックのようなことは、現実では起こらないってわけだ。
そうですか?なんて呑気に言う男は出張に同行させた爆豪の相棒である。少々怖がりと出不精のきらいがある新人ヒーロー。今日の分の仕事が終わったのだから早々にホテルへ引き上げたい、という思いが見え隠れしている。
「……事後処理までやって帰るかあ?」
「えー!それ明日の仕事です」
「テメェにゃ向上心ってもんがねーのかよ」
「爆心地さんに精神面の指導を受けるなんて思ってませんでした」
「どういう意味だ」
「そういう意味ですけど」
「クソ生意気だな!」
怖がりのくせに一言余計なのも難点である。なんでこんな奴を相棒にしたんだ、と時折過去の自分の判断を疑っていたりする。そんなことを思われているとも知らず、もう解散しましょうよ、と呑気な男は言葉を零す。
絶対ェ帰してやらねえ、と内心イライラと呟いたのだが――その時、急に声が耳についた。
「――ママぁ、どこー?」
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