×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




春一番 - 02



「私、なんとなくあなたのこと見たことあるような気がするんだよねー」
「えっ……そう、ですか?」

何気ない口調で言われたのだが、内心ギクリとする。というのも、初対面の相手で幽姫に見覚えがあるとすれば、それはテレビ越しのものでしかありえない。そして幽姫がテレビに映った経験は、雄英体育祭の隅っこか、神野事件の被害者か。
前者であれば幸いなことだが、残念ながら一般人の受けたインパクトは後者の方が強いだろう。気取られたくはない、明るい大人の彼女であれば変な詮索もしないだろうが。

「この辺の子?」
「んん……いえ、そんなことはないですけど」

適当なことを言えばボロが出る。特に真っ直ぐ目を見て話してくれる、赤色のつり目には幽姫は弱いのだ。初対面でゴローちゃんを肩にのせているところも、明るい髪も、なんだか色々と幽姫の弱いところをついてくる人だった。
曖昧に苦笑する幽姫を見たか、あるいは大したことでもないと思ったのか、この件についてはそれ以上突っ込まれなかった。

「高校生?何年生なの?」
「一年です……あ、次の四月から二年生で」
「そっか。じゃあ今春休みね」
「その通りです〜」

女性はお喋り好きらしく、自転車を押しながら並んで歩く道中、ずっと会話が続いていた。

「うちの息子も今帰省しててねぇ。もう生意気ったらなくて」
「息子さん?」
「そう!うちのも次、高二なんだ」
「へえ……!」

幽姫と同い年の息子さん……が、いるような年齢には見えなかった。そんな驚きを隠したつもりだが、語尾には興味が乗ってしまったようで、彼女は曰く生意気な息子について話を続ける。

「去年から家出ててね。偶にも帰ってこないくせに、家の手伝いもしないし親と出かけようって気もないんだから!」
「下宿されてるんですか?」
「寮生活よ。学校忙しいんだろうけどね。もう帰省してから毎日喧嘩してる気がするわ」

やれやれ、という風に肩をすくめる母親と、赤の他人に告げ口される息子か。幽姫とその両親の関係とは随分違っているようだ。他所の家庭事情が垣間見えるのが少し面白く、幽姫はくすくす笑ってしまった。

「仲良しなんですね〜」
「仲良しィ?ただの反抗期だって!私も対抗しちゃうんだけどね」

この女性に口喧嘩を挑むというのも、結構タフな子なんじゃないかと幽姫は想像した。こうも口が回る女性に対抗できる男の子とは、なかなかの強者だろう。

「今日だって、そのバカ息子のせいでこういう羽目になってるんだから!」
「はあ」
「珍しくオシャレして出てくるもんだからさ、どっか出かけんのって聞いたの。そしたら『家に彼女呼ぶ』とか急によ!?そもそも彼女出来たのだって聞いてないってのに!」
「へ!?へえ……それはそれは……」

なんとタイムリーな話題であろうか。ちょうど幽姫も『彼氏の家に行く』途中であったので、思わずギクリとしてしまった。息子さんとの会話を思い返しているのか、彼女は顔をしかめて続ける。そういう顔をすると、またなんだか幽姫にとってはバツが悪い感じがした。

「お茶も出さない非常識な家の子だって、思われて不都合なのはアンタの方でしょ!って叱ってきたわよ。あんなのに付き合ってくれる子なんてそうそう居ないんだから、ちゃんとおもてなししなきゃ申し訳立たないって」
「そ、そういうものですか……」

よくわからないけど。残念ながら幽姫は友達が少なかったので、他人を家に招く常識のようなものには、全くもって縁がなかった。目の前で迷惑そうにプンプンしてる女性を見ていると、なんだかまずいことをしてしまったような気がしてきた。
まさか、今日自分が彼の家に行くことも、迷惑がらせてしまっていたりしないだろうか。こちらが単純な興味本位でしかなかった分、今更不安になってきた。

「ええと……でも、素敵ですね。そうやって、息子さんのためにって怒ってあげられるの」
「まあ、上手いこと言うね」

取り繕うようにへらりと笑うと、相手はぱちりと瞬きしてから満更でもなさそうに笑った。

「母親ってのはそーいうもんよ!うちのは全然理解してなさそうだけど」
「そんなことはないと思いますよ〜。私にだってわかるんですから」
「ふふ、ありがと」

さっきまで怒っていたとは思えないくらい、今度はニコニコと嬉しそう。随分感情豊かな人だなぁ、と幽姫は感心すらしてしまった。親子揃ってのほほんと穏やかな霊現一家とは、随分毛色の違う家族なのだろうという予想は簡単につく。喧嘩ばかり、という先ほどの台詞はきっと事実なのだろうが、それ以上に楽しそうな日常が垣間見えて、幽姫もなんとなく楽しくなってきた。

「実はね、彼女ちゃんに挨拶だけしたら出かけようと思ってんの」
「そうなんですか?」
「だってお家デートに彼氏の親なんているの、嫌でしょー?」
「うーん……」

その問いかけは幽姫にとっても今考えて損はない話だった。一瞬、爆豪の両親を想像しかけて首を傾げる。
どういう家庭で育てばあんなタチの悪い男になるのかと考えたことはあったので、興味が無くはない。というか、多分、自覚していたわけではないけれど『爆豪くんのお家って興味あるな』という台詞はそこに起因しているのかも。

「……私は、嫌じゃないですけどね」
「どうして?」
「だって、ルーツというか、その人の人格形成に一番影響するものでしょうし……好きな人の一部だって思ったら、なんでも知りたいし見てみたいな〜って、思っちゃいます」

ちょっと恥ずかしいですね、となんとなく頬を抑えて苦笑で誤魔化した。何を言ってるんだか、存外自分も浮き足立っているのかもしれない。今日はずっとこの調子だった。

「ふう〜ん」

そんな幽姫を楽しそうに見つめながら、女性は何か意味ありげな笑みを見せた。

「青春ねぇ」
「う……」
「いいじゃない!そういうの好きだわ」

からからと笑って、バシバシと肩を叩かれた。どんどん遠慮がなくなっているような気がして、むず痒いような変な感じ。赤の他人と、どうしてこんなにも打ち解けているんだろうと不思議にも思う。

やっぱりちょっと気にかかる人だ。ゴローちゃんが真っ先に飛んで行った時から片鱗はあったのだろうが、話せば話すほど。今まで関わったことのないタイプの相手なのに、どこか安心感を与えられる。



前<<>>次

[2/5]

>>Request
>>Top