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きっと誰にもわからない - 01



灼けつくような掌の痛み、感覚を忘れた身体の震え。呆然と見開いた視界に広がっていたのは、真っ青な空と舞い上がっていく火の粉。
パチパチと炎が爆ぜる微かな音の向こうで、胸くそ悪い下卑た高笑いがやけに小さく。

おそらくそれより穏やかな、心地いいはずの、耳慣れた声は。

「ああ、よかった……だいじょうぶだよ――」

わたし、ぜんぜんこわくないもの。

耳元で消え入る。

*  *

活動自粛という建前は悪くない。自粛なんて柄じゃないと、切島には口を出されたが。

今日も朝から事務所の方は忙しいらしい。事務職員の中で一番歴の長い者から、今朝も事務所には出勤しないようにと連絡が来た。
マスコミっていうのは本当に、爆豪のようなヒーローらしからぬヒーローが嫌いなようだ。顔を合わせただけで、何を記事にされるかわかったもんじゃない。

まあ何にせよ、事務所に行く気にもヒーロー業をこなす気にもならない。自分を取り巻く状況は随分悪いと理解はしているが、実感として悩むほどのものとも思えない。

あれから数日、実感としてあるのは『彼女がいない』というその一点のみである。


平日の朝とも昼ともつかないこんな時間に、見舞い客は少ない。
病院の入り口で大荷物を抱えた中年の女性とすれ違ったものの、忙しそうに去って行く視界に、キャップと伊達眼鏡で顔を隠した男は映らなかったようだ。

白い部屋は人目を避けるような廊下の奥にある。近づくにつれて重くなる足で、ゆっくり進んでいった。
人目につきにくい個室が選ばれたのは、一応あれでも将来有望と言われた若手ヒーローへの配慮だろう。決して、そんな彼女をここに送り込んだ、爆豪のためというわけではないはずだ。
しかしそれも爆豪には都合が良かった。とにかく、彼にとっては難しいことだが、今は最大限目立たず、人と顔を合わせないよう過ごすことが第一なのだから。

戸を引く前に一瞬逡巡してしまうのは毎回のことだった。腹の底に溜まるような不安感を吐き出したくなるのも。下手な想像はしないようになった。容体は随分安定してきたのだ、よく知っている。

カラカラと扉を引きずる音が響いた。
病室には一定間隔で続く電子音と空調の音しかない、この静けさも爆豪の腹に何か重苦しいものを積んでいく。

ベッドの隣に置かれた、見舞い客用の椅子に腰掛けた。ガタン、と思ったより大きな音が立ったのに、彼女は目を開けることもなければ、黒い瞳を細めて笑うこともなく。

ふわりと膝の上に重さがかかる。もう何年の付き合いであって、目くじらを立てるようなことはなかった。
むしろ、目に見えないその重さが今ここにあるだけで、爆豪の心の重りが軽くなる気さえする。まだこの猫が留まっている。どうせ、その時は一人と一匹は連れ立って行くに違いないのだから、彼女もまだ。
まったく、妬ましい。どうせ、その時は俺を連れて行く気はさらさらないんだろ。

――クソが、またわけわかんねぇことを。

行くってどこに。行かせるわけねえだろ。どこへも行かせないし、行かないと、初めにハッキリ言ってやったのに。

「……早く戻れ、ボケ」

だめだ。
悪態ですら、弱気を隠しきれないなんて。



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