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春一番 - 01



電車の方面は逆だった割に、そう離れた場所でないことを初めて知った。最寄り駅から電車で二十分もかからず、教わった通りの駅に降り立つ。存外近いにしたって、そわそわと浮き足立つのは仕方ないと思う。だってこれも、初めて知る彼の一部なんだから――なんていうのは、さすがに気恥ずかしい気もするけれど。

「ええと……何行きのバスって言ってたっけ?」

初めて訪れる土地なので、慎重に進むことにしよう。迷子になって泣きつきでもすれば、散々呆れて嫌味を言った後に『やっぱ辞めときゃよかったんだよアホ』とでも言われてしまう。そのくらいはすぐに思い至った。

「ゴローちゃん!力を合わせて、爆豪くんのお家に辿り付こうね」

思い至ればやる気も出るというもので。ぐっと拳を握ってみせれば、白い靄はふわりと幽姫の頭に飛び乗ってきた。楽しげな感情が伝わってくるので、この先も頼りになるであろう相棒だ。春休みの帰省期間に入ってたった三日しか経っていないが、幽姫よりむしろゴローちゃんの方が、久々に爆豪と会うのを待ちわびているくらいだった。

そう、春休みである。雄英高校ヒーロー科に長期休暇なんてあってないようなものだと思っていたが、年度の節目に一旦の帰省が推奨されている。というか、この間に寮の一斉メンテナンスを行うとかで、むしろ出て行かないと邪魔になってしまう。
入寮してから実家に戻るタイミングもそうは無かったので、せっつかれるまでもなく大体の生徒は実家に帰省していた。幽姫も爆豪も、例に漏れず。

『――せっかくだから爆豪くんのお家って興味あるなぁ』

どういった会話の流れだったかは忘れたが、幽姫が何の気なしにそう呟くと、爆豪は一瞬目をみはった。それから少し間を置いてから。

『……別に面白ェもんもねーぞ』
『えっ、いいの!?』

てっきり迷惑だとか何とか言って、一蹴されると思ったのに。思わず声を上げてしまい、その反応の方が気に食わなかったようだった。とはいえ気が変わらないうちにと、帰省期間中の一日に約束を取り付けた。

後日メッセージアプリで送られてきた情報を改めて確認し、駅に貼り出されている周辺地図から目的のバス停を探し当てた。バスに乗って十分程度、到着した停留所からは五分も歩かない距離らしい。
先ほどゴローちゃんと気合いを入れ直したところではあるが、最寄りの停留所まで爆豪が迎えに来てくれるので、間違えずにバスにさえ乗ればそれ以降迷いようはない。

――ちょっと早く着きすぎたかも。

約束している時間は今から三十分後である。電車やバスの遅延を気にしたとしても、少し早い。気が急いたなどと思われたくはないので――実際どうだかはご想像にお任せする――二本くらい見送ってからバスに乗ろう。とりあえずは時刻表を確認してからだ。

ということで、幽姫はようやく駅を出て歩き出した。ゴローちゃんもご機嫌に前を飛んでいく。つい辺りを見回して、彼は毎朝、この場所を通って通学していたのかな――なんて、また気恥ずかしいことを考えたところで。

「え、ゴローちゃんっ?ちょっと……!」

不意に、先導していたはずのゴローちゃんがひゅうっと速度をあげた。向かっていたはずのバス停とは違う方向に進んで行くのを見て、また気まぐれかと一瞬焦る。早く着いたとはいえ、猫の散歩に付き添えるほどの時間はない――と思ったが、ゴローちゃんが目指したものは存外すぐ近くにあった、というか“居た”。

ゴローちゃんはその人のそばに寄って、しきりに頭上を行ったり来たりと飛び回った。伝わってくる感情は、強いていえば不思議と興味の混ざったものである。一体何がゴローちゃんの関心を引いたのだろう。遠目から見た後ろ姿の限り、特に変わった様子もない女性だった。

まあ、気になる点としては、大きな買い物袋を積んだ自転車の前にしゃがみ込んでいる、というところか。

「……あ、あの〜」

とにかくゴローちゃんの関心を薄めなければ、という思いもあって、幽姫も彼女に駆け寄りおずおずと声をかけた。相手はピクリと肩を揺らした後に振り返る。
思ったより強い印象のつり目と、引き結んだ唇がどことなく不機嫌そうに見えてしまい、幽姫は内心怖気付きそうになってしまった。天下のヒーロー候補生が情けない。相手はひと回りか年上なだけの一般女性だというのに――なんとなく既視感を覚える、威圧感が拭えなかった。

「えっと……どうか、されましたか?こんなところで、しゃがみこんで」
「あー……」

慌てて言葉を繋げて、幽姫も隣にしゃがむようにした。女性は少し驚いた様子だったが、幽姫の問いに対して気まずそうに頬をかく。そうして困ったように自然と笑ったのは、存外親しみやすそうな感じがして、少し驚いた。

「いやね、買い物して帰ろうとしたら自転車パンクしちゃって。どうしようかなーって思ってたとこ」
「パンクですか?」

そして思ってたより生活感の強い困り事だったのも面食らった。ほらもーベコベコよ、と自転車の前輪のタイヤを摘んで見せる。確かに、これじゃあ安定して走れそうにない。

「ツイてないわぁ。急いでるのに!」
「時間ないんですか?」
「これからお客さんが来ちゃうのよ。ここから普通に歩いても、ギリギリってとこなんだけど……」

お荷物の自転車があっては間に合うかどうか、といったところだろうか。ため息をつく女性を見ていると、やはりなんとかしなければという気がしてくる。乗りかかった船というやつだし、ゴローちゃんはまだクルクル回っていて忙しないし、何より困っている人を放っておくわけにはいかないだろう。

――爆豪くんには遅れるって伝えておかないとなぁ……申し訳ないけど。

頭の片隅でそう結論づけて、幽姫は立ち上がった。ゴローちゃん、と囁くだけで、幽姫の考えたことはすぐに伝わる。白い靄はくるりと回って、珍しいことに初対面の女性の肩に飛びのった。
潰れてしまった前輪がほんの数ミリ浮き上がって、それを見た女性は目を丸くした。

「よろしければ、お手伝いしますよ。私、ちょっとした念動力みたいな個性なので……私欲の個性使用は、秘密にして頂けると助かりますが」

人差し指を唇に当てて見せた幽姫に、女性は明るく笑って返した。
その様子もやっぱり『意外』という感じがしてしまうのだけれど、彼女自身はとてもあっけらかんとした性格のようで、大きな声でありがとう!と両手を合わせた。



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