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失言、転じて - 02



「はあ……でもあれだね、ゴローちゃんの世代でもそういう時期に来たってことか。あー、正直うらやましい!」
「あはは……」

そういえばこの人は二ヶ月前に恋人と別れたとか嘆いていた。業界が業界なので『うらやましい』なんて言っていても、どの程度まで気にしているのだろう……ただし益々言いづらくなってきたのは確かだ。
話題の答えはおろか、それにまつわる幽姫自身の都合についても。

なんて、自分だけが少しずつ居心地の悪くなってきたその時――狙ったかのようなタイミングで、幽姫のスマホが震えた。

ちらりと目配せすれば、話し相手の先輩も、向こうで仕事を続けていた上司も、気にしていない様子で頷いてくれた。失礼します、と慌てて頭を下げつつ、一旦事務所の部屋を出ることにした。廊下に出てしまえば、室内にはほとんど聞こえない。

「――もしもし?」
『おせぇ』
「まだ一応勤務時間なんだけど」
『今終わっただろ』

電話越しにも無駄に不機嫌そうな声。すっかり聞き慣れているので気にもならない。
時計を確認すると確かに、コアタイムの終了時間ぴったりだった。相変わらず、みみっちいというか細かいというか。

「ほんとだ……とはいえやっぱり非常識だよ〜」
『うっせえ。非常識なのは俺じゃねーわ、クソが』
「うーん?」

電話先の都合を無視するという非常識は、どう考えてもあなただと思うけれど。幽姫はそう思いつつ、彼が一体何に腹を立てているのか図りかねた。そりゃあ常にしかめっ面しているような人物ではあるが、幽姫に対して理不尽な怒りをぶつけるようなことは、特に最近ではほとんどない。
なんせ立派に独立した大人であり、ヒーローであり、婚約者同士でもあるので。

『まだ仕事あんのか』
「ええと、今日はそんなに忙しくもないから……リーダーに言ったら帰れると思うけど……」
『……そのリーダーさんはどうだよ、今から時間取れそうか』
「はっ?」

その問いは全く予想していなかったので、思わず声をあげてしまった。
いいから確認してこい!とあちらも理不尽に怒鳴ってきたのは、幽姫の声が響いたか、それとも何か不都合なことがあって誤魔化したいのか。どうして幽姫の上司に用があるのだろう。仕事の関係なら直接事務所に連絡すればいいのに……疑問が尽きないままでも言われた通りに動き出してしまうのは、もはや癖である。

事務所のドアを最低限だけ開いて中を覗けば、先輩も上司も視線をあげて首を傾げた。

「電話終わった?」
「いえ、まだ……あの、リーダー今から時間ありますか?」
「ん?うん、忙しくはないよ。何で?」
「あー、はい、聞いてみます」

曖昧に答えてもう一度ドアを閉めた。直前に先輩が、誰から?と不思議そうに呟く声がした。

「大丈夫らしいけど」
『五分で着く』
「え!?ちょっと、何……切った……」

なんという横暴。五分で着く、からリーダーと話せるように取り成しておけということだろう。
理由も知らせないままそうやって自分勝手にことを進めようとする、その点に関しては幽姫もため息を禁じ得ない。そういうところちゃんと直さないと、ヒーローだって立派な社会人なのだから!

部屋に戻ると案の定、怪訝そうな二人に目を向けられた。

「何だって?」
「ええと、なんか、五分後に到着するからリーダーと話させろみたいなことらしいです……」
「非常識だなぁ!追い返して後日アポ取らせなよ。リーダーの時間を何だと思ってんだ」

すぐに顔をしかめたのは先輩である。なんだかんだと数年間付き従ってきた上司相手に、意外なほど懐いているのは幽姫も知っている。
ごもっともです、と幽姫は眉を下げるしかなかったのだが、そこでありがたいことに、まあまあと穏やかに仲裁が入った。

「いいよ、都合は大丈夫だから。で、相手は?」
「相手は〜……同期の、爆心地なんですけど」
「えっ、あの人!?」
「それは意外な……何の用だろう……」

予想はしていた。幽姫と彼の関係についてこの二人には何も教えていないので、どうして幽姫に個人的に連絡を取ってくるのかというところから、理解できないのだろう。

「爆心地かぁ、なんか怖そう……」
「リーダー、そんな弱気なこと言わんでくださいよ」
「すみません、本当……変なことしないように見張ってるので、大丈夫だと思うので……」

とっくに中堅ヒーローの位置にいる上司にまで『なんか怖そう』と評されるとは、彼の外面はそんなに最悪なのだろうか。内心そんなことを考えつつ、結局、同期のゴローちゃんも同席するなら大丈夫だろう、なんていう結論に落ち着いた。先輩は顔を合わせると本当に追い返しそうな気がしたので、事務所の一階まで幽姫が出迎えに行くというオプションまで追加。
勤務時間は超えたがコスチュームのままで、幽姫は事務所の入り口に向かった。

あまり良い予感はしない。電話越しの相手はあまりご機嫌そうではなかったし――『非常識なのは俺じゃねーわ』とは、そういえば結局どういう意味だったのだろう。



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