×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




失言、転じて - 01



「ゴローちゃんは何か知らないの?あの話」
「あの話とは?」

唐突に話を振られて、幽姫はきょとんと首を傾げた。

幽姫が相棒として働くヒーロー事務所は、今日も平和な街のおかげで穏やか――つまり暇――である。幽姫に話しかけた先輩ヒーローは、あと数十分の勤務時間を潰しにかかったといったところだろう。
事務所のトップである上司も特に注意する気がなさそうなので、会話に応じることにした。

「SNSで騒いでるやつ」
「ああ、私そういうの疎くて」
「そうだっけ?」

先輩は言いながらスマホを操作し始めた。SNSなんて数年前に登録だけして放置した幽姫に、何を答えられることがあるのか不思議に思う。世間の情勢なんかニュースの報道でこと足りると思っているので、それ以上の情報を期待されても困る。

「一昨日の夜だったかな?チャージズマ、同期だよね?」
「はあ、まあそうですね」
「彼の投稿がバズってねー」

上鳴くんは相変わらずか――と幽姫はちらりと思った。SNSとか好きそうだ、というのは勝手なイメージとはいえ、同期の中では比較的中高生にも人気の彼であるから、騒がしくなるのは可能性が高い。
そこまでは理解できたので、幽姫はとりあえず曖昧に苦笑しておいた。

「同期で飲み会したーってやつなんだけど……あ、これこれ!」

件の投稿を探し当てて、スマホが幽姫に渡された。上鳴絡みであれば、正直あまり興味のない話題だろうなと予想をつけて受け取った。高校時代は同グループというか、一緒に行動することも多い友人だったが、如何せん聞いてもいない情報まですぐ流れてくる人物である。もっとも、流れてくるのは幽姫にというより恋人の方にだが。

画像が3枚並んでいた。特に珍しくもない居酒屋の、お酒と料理を撮影した画像が2枚。最後の1枚は明らかに自撮りっぽいテーブルの写真。
見慣れたメンバーが写っているのを見て、あの日かと内心呟いた。幽姫も誘われていたが、都合が悪くて断ったのは記憶に新しい。珍しく爆豪が付き合うというから行ってみようかとは思ったのだけれど、こんな風に取り沙汰されるのであれば、参加しなくて正解だった。

何がそんなに騒がれているのかと一瞬疑問に思ったが、画像の下に続く三行足らずのコメントを読んで合点がいった。

『元クラスメイトと飲み会!超楽しかったー!しかも親友がおめでたい報告してくれちゃって、びっくりしたわ〜〜〜俺も頑張ろー!』

同時に――『あのアホ面何やらかしてんだ殺す!!』という声が脳内で勝手に再生された。だいぶ毒されたようだ。自分で思ったわけではない、せいぜい『彼は相変わらずか……』と呆れたくらいだ。

『相変わらず豪華メンバーですね!ところでおめでたい報告って!?』
『おめでたい報告…?親友…?誰…?』
『ヒント:2枚目画像』
『どなたか左の薬指に指輪してますよね!?誰なんですか!?』
『公式報告出てないのにバレ大丈夫なん?』
『チャージズマ結婚してー!』

続くリプライ欄を見る限り、嫌な予感は的中したようだった。ヒントに従って2枚目の画像を再度確認すると、確かによく見れば画像の端に写っていた。ビールジョッキにかけた左手の薬指、赤とゴールドの指輪。

「あー……なるほど……」
「これ誰なのかわかる?」
「いや〜……私この日参加してないので……」
「そっかあ。流石に手だけじゃわかんないね」

――それについては、まあ、わからなくもないんですけど。

なにせ大きくて皮の厚い手は、見慣れてもいるし感触だってわかるくらいだけれど。写っている指輪はとても大事なもので、自分のものとお揃いだけれど。口が裂けても言えない――一応、まだこの件については公表していないので。

幽姫のことは良いのだ、所詮まだ相棒の立場だし、飛び抜けて人気があるわけでもない。けれど彼は違う。独立して事務所を構えているし、破竹の勢いでトップヒーローを目指して駆け上っている最中、最近もヒーローランキングで一気に順位を上げたと注目を集めた。
お揃いの指輪を目立つ位置にはめることを許されたということは、それなりの意味あることだと思ったけれど、念のためあちらの事務所の方針が決まらない限り、幽姫の方から情報を漏らすようなことはしてはいけない。

と、幽姫が気を遣って生活しているのに、上鳴ときたら……やっぱり少し不満である。帰ったら抗議のメールを入れよう、遅いような気はするけれど。

「ネット予想は出てるんだけど」
「えっ」
「もうちょっとのところが絞り切れてなくてさ」
「で、予想は……?」

内心の焦りを気取られないよう気をつけつつ尋ねる。まさか既に相手方へ迷惑がかかるような状況になっているのでは。
「何人かは既に自分じゃないって否定してるから除外、それから見た感じ男の手だから女性陣もナシ、あとチャージズマが『親友』って言ってるからその辺を総合的に考えて――」
「考えて……?」

「――デクか、烈怒頼雄斗が妥当じゃないかって言われてる!」
「……へえ?」

警戒した答えではなかったので、拍子抜けしてしまった。それが声に現れたのか、先輩が少し首を傾げる。慌てて怪しまれないように、幽姫は続けた。

「あー、そうなんですかぁ……」
「納得いかない?でも他にとなると……ショートじゃないかって言ってる人もいるけど、あの手の感じは坊ちゃんのそれじゃないかなぁ」
「別にショートさんは坊ちゃんってほどじゃないですけどね」

とはいえ確かに、轟と爆豪では違いは明らかだろう。ショートといえば雑誌の表紙を飾れるくらいの正統派の美青年である、爆豪のような無骨な指はしていない。

「じゃあゴローちゃんは、誰だと思う?」
「だから、私SNSとかやってないので……誰が否定してるとかもわかんないですし」

――候補に挙がらなかったということは、もしかして彼も『自分じゃない』と公表してるのかな。
そう思って呟けば、ええとね、と先輩が思い出しながら名前を呼んでいった。テーブルを囲むメンバーの顔を指差しながら、順番に候補を消していく。最後に残ったのは確かに、先に名前が出た三人……と、やっぱり彼も残っていた。

「……もう一人残ってますが、それは」
「え、いや爆心地は絶対ないでしょ」

――なんと。そんな理由が通るとは。

「だってゴローちゃん達の世代で一番乗りでしょ。爆心地はないよー、あの人結婚とかするタイプ?」
「タイプって」
「そういう意味でもやっぱ、結婚するならデクか烈怒頼雄斗だと思うなあ。あの二人はSNSやってる上でのノーコメントって感じだから、怪しいのは確かだよ」

ちなみにショートはSNSやってないから不明、と続くがそれはあまり興味がなかった。
そういえば彼はどうだったっけ……事務所の公式アカウントくらいはあった気がする。それでも候補に挙がらないということは、そこまで信用されていないのかあの敵向きヒーロー様は。

「そうですか……」
「あれ?興味ない感じ?」
「いえ、別に、そういうわけじゃないですけど〜……」

へらりと笑っておいたが、それ以上何も言う気がないのを察したようで、先輩は少しつまらなさそうに肩をすくめた。



前<<|>>次

[1/4]

>>Request
>>Top