×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




ああ、お前らしいよ - 03



発目と夢野はとっくに工房内で先ほどの議論の続きを初めていて、緑谷にはよくわからない会話だった。
パワーローダーに勧められたように、夢野が収集したという素材サンプルを手持ち無沙汰に眺めていると、工房の奥の方にハンガーラックにかかった数枚のスーツが目に入る。ヒーロースーツだ、おそらく彼女が専門としているもの。デザインは似通っている気がするものの、付属のアイテムが少しずつ違っていたり、丈や袖の長さが違っていたり、試行錯誤の跡が見られた。発目とはベクトルが違うが、こんなものを作れる夢野もやっぱりすごい――

「――ちょっと!!何見てんのよ緑谷出久!!」
「ひっごめんなさい!?」

突然怒鳴られたのでぎくりとして離れた。夢野は思い切り顔をしかめて、緑谷の前まで歩み寄ったと思えば、ハンガーラックを乱暴な手つきで引いて緑谷から隠すようにした。
そんなに見られるのが嫌だったのか、後ろの発目が興味ありげに観察しているのはいいのだろうか。

「言ったでしょ、私アンタのこと気に入らないの。勝手に私の研究見ないでくんない?」
「ご、ごめん……でも、あの、すごいね。そんなちゃんとしたスーツ作れるなんて」

素直に思ったことを言ったのに、夢野は緑谷の言葉を聞いてさらに鋭く目を細めた。美人の凄んだ顔は恐ろしい。また引きつるような声が出たが、それにはキモいとかの罵倒が飛んでくることはなかった。
ただ、夢野は低い声で答える。

「なにが、ちゃんとした、よ……うっざ。ほんとムカつく、余裕ぶっちゃってさ」
「……余裕なんかないよ」

それは本心だった。緑谷は他の生徒から大きく出遅れてスタートラインに立った。振り切られないよう、追いついて、さらにその先へ――そのために、今までもこれからも必死にならなければならないと自覚している。だから、余裕ぶってるという彼女の言葉はとても受け取れたものじゃない。
そう思ったのに、夢野は心底気に入らないという顔をして、緑谷を睨みつけた。

「余裕よ。だってアンタ、ヒーローになれるって、認められてんでしょ。だからヒーロー科入れたんでしょ」

またヒーロー科への対抗心。
さっきは否定されたが、やっぱり、彼女もヒーローを目指したことがあるのではないか。そのせいでヒーロー科の生徒が気に入らないから、緑谷にもいい顔をしないのでは。

「ヒーロー科って、被覆控除があるってね。その改良もサポートアイテムも、申請すればすぐ通るってね。いいご身分よ、恵まれてるよね」
「えっと、恵まれてるっていうのは、ありがたいって思ってるけど……」
「そう、だったらまだマシ。ま、だからってアンタのこと許さないけど」

まただ。自分は彼女に何かしてしまったのだろうか。許さない、というのは一体なにを指しているんだろう。
緑谷は居心地の悪さと同時に、拭えない違和感を感じていた。

どこかで見たことがある気がする、彼女の言いたいことが何か知っている気がする、でも、それが何なのか思い出せない。

「ちゃんとしたスーツって、何言ってんの。こんなの学生のおままごと、全然まともじゃない。使えたもんじゃない。アンタらみたいに恵まれてたら、いいよねぇ。こんなのいらない、きっと」
「――そっ、そんなことないよ!」

夢野が言い捨てた台詞は、慌てて否定した。それまでで一番ハッキリと声をあげた。そんな緑谷に、夢野がパチリと目を瞬かせる。はあ?と、相変わらずキツイ印象の声。

「それ、本当にすごいと思ったよ。夢野さんが、一生懸命作ったんだなって、よくわかった」

よく似たデザインのスーツ、だけど全て試行錯誤の結果の試作品。少しずつ調整が施されて、丁寧に一途に完成を目指しているのがわかるのだ。それだけで、そのスーツには確固たる価値があるように緑谷には思えた。
そして、きっと――

「そのスーツを着る人も、絶対そのことをわかってくれるよ」

夢野は今度こそ、緑谷の言葉に目を瞠って固まった。パワーローダーの言っていた”誰か”というのが、多分彼女の中ではっきり思い描かれている。

「――わかったようなこと言わないでよ!!」

夢野はそう言って、眉を寄せた。
また彼女の逆鱗に触れたかと一瞬焦ったが、睨みつけられたのは緑谷ではなく、自分の作ったヒーロースーツの方だった。

「そうじゃないの!アンタらにはわかんないよ、あのバカのことなんて――だって私にもわかんないんだから!!」

というか、彼女が本当に睨んでやりたいのはもっと別の誰かかもしれない。今彼女が発した、”あのバカ”と呼ばれる”誰か”。

「アンタにわかんの!?誰にも認められないことも、それに諦めつけることも、だから一人でやっていくことも、それを当たり前って思っちゃうことも、それでも諦められないって思えることも!」

無個性がヒーローになんて、と言われることは慣れた。慣れたから一人で出来ることを、ただひたすら続けていた。諦められなかったから――緑谷には思い当たる節があったが、苦しそうに顔を赤くする夢野は違ったようだ。
だからこうも苦しそうなのか。

「私にはわかんないのよ……!だって私はなんでも恵まれてきてるもん。アイツとは違うから、わかってあげられないんだよ!なのに何も言わないの、一人でやるのが当たり前なの、ほんっとムカつく、バカなやつ!!」

ああ、確かに彼女は恵まれて育った子なんだろうな、と緑谷にもわかった。容姿なのか、才能なのか、家柄なのか、わからないけれど。
幼馴染の彼と一緒だ、彼が緑谷を全く理解出来ないように、夢野も相手を理解出来ない――ただし緑谷達と違うのは、きっと二人の関係性だ。

「だから心操はすごい奴なの!私にはわかんないような努力してて、ホントはすごい奴なんだよ!なのにそれを一人でこなしちゃうからさぁ、だから誰もわかってあげられないんじゃん!!なんでアイツ、そんなこと気づかないわけ!?ちゃんと言ってくれればいいじゃん、絶対心操のすごいとこ、みんなわかるはずなのに!」

わからないままにしておきたくない、夢野と”誰か”――まさかと思ったが、心操のことだったのか。緑谷達と違う二人の関係、こんなところで知ることになるとは。

ああ、なるほど。違和感の正体がやっとわかった。見覚えのある顔、許さないという言葉の意味。

「……僕、夢野さんが心操くんのこと迎えに来たの見て、実はほっとしてたよ」
「……は?」
「あの、体育祭決勝の後、心操くんを迎えに来たのって夢野さんだよね?」

認められない個性、恵まれない環境。似通った彼を退けるのは緑谷には心苦しかったが、負けるわけにはいかなかった。
結局緑谷が勝利して心操が敗退して、でもそんな心操を出迎えたのは、普通科の人達だったり彼の個性を認めた観客だったりして――そして、通路の向こうから駆け寄ってきた彼女だったりした。

緑谷が指摘したことで、夢野は時間でも止まったように完全停止した。あれ?と緑谷が首を傾げたところで、やっと時間を思い出した顔がポンッと赤くなる。

「は、はぁ!?迎えに!?行ってませんけど!?アンタの目は節穴ですかぁ――!?!?」
「ひえっごめんなさいっ」

反応からして多分緑谷の言ったことは間違ってはいなかったのだろうが、夢野がきゃんきゃん吠えるものだから慌てて謝罪しておく。

「そんなん幻覚じゃないの!?妄想かよキッモ、はーキモい!!」
「二回も言わなくても……幻覚、うん、じゃあそれでいいけど……心操くん、ちゃんと認めてくれる人がいたなら、よかったなぁって安心したんだ」

緑谷がそう言って、おずおず笑ってみせると、夢野は一瞬ぐっと口を噤んだ。それからブンブン首を振って、また緑谷を睨む。

「っなにそれ、心操負かしたのアンタでしょ!つーかあんなまぐれ勝ち、二度とないから!わかってる!?あの時もう一瞬心操が勝ってたら、ここに立ってんのはアンタじゃなくて心操だったかもしんないの!調子乗ってんじゃねーよ!もーほんと気に入らないったら!!」

そこまで怒鳴って、肩を怒らす夢野は一瞬、自分の作ったヒーロースーツをじとりと振り返る。
そして何か考えたようで、ふんと鼻を鳴らした。

「いい?心操がアンタらより劣ってるところなんて、ホントはなにも無いんだから!アンタらは運良くハンデ貰えてるだけ、心操は運悪く出遅れただけ!仮免取るからって、余裕ぶっこいてんじゃないよ」

そう言って緑谷に向けられた視線は、さっきまでの憎らしげなそれではない。

あの時不遜な普通科の一生徒だった彼が、宣戦布告と言って向けた目に似ていた。

「恵まれてるとか恵まれてないとか、そんなの知ったことじゃないわ!心操はヒーローなの、アンタらなんかよりちゃんとしたヒーローに絶対なるんだから、首洗って待ってろ!」

言いながら、びっと親指を立てて首元に一文字。それは首を洗って待ってろのジェスチャーじゃない……と思ったが、過激派の女の子はよくわからない。

言いたいことは言い切ったというような、スッキリした表情をしていた。かと思えば、よし、と一人呟いて工房から出て行こうとする。

「発目!サンプルは勝手に持ってっていいけど、後でちゃんと返してよ。爆発させんなよ!」
「わかりました」
「あと緑谷出久!」
「はいっ!?」

まさか声をかけられるとは思っていなかったので驚いた。工房から一歩出て、少し不本意そうな表情で振り返る。

「あのね、私は心操を迎えに行ったつもりないから。負けたアイツを笑いに行っただけだから!キモい妄想しないでよね!」
「え、あ……はあ……」
「それから、アンタのコスチューム改良、私も監修してやるから感謝しなさい」
「へ?」
「そうですか!ではまた設計図が出来たらお知らせしますね、今日の午後七時でどうでしょう!」
「アンタまたそんな時間まで篭るつもり?上等じゃないの、やってやるわ!」

発目の言葉に呆れた声を出しつつそう言い放つと、私が居ない間に変なとこ触ったら承知しないから!と最後に言い置いて、夢野はどこかへ去っていった。まるで突風のような素早さだ、と緑谷は半ば呆然と見送った。

「では緑谷さん、また明後日の夕方に工房まで来てくださいね!その頃には試作品が出来上がっていることでしょう」
「え?そんなに早くできるの?」
「原案は今回の試作品を元に、夢野さんが増えて単純に2倍作業が捗りますからね。余裕ですよ」

私、彼女の技術力はある程度買っているんです、とこの発目に言わしめるとは、やっぱり彼女もすごい人だ。



前<<>>次

[3/6]

>>Request
>>Top