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Close to - 02



真っ直ぐ彼の住むマンションの一室に帰宅すると、合鍵でドアを開けた瞬間に食欲をそそる匂いがした。

「ただいま〜、わあご馳走だ」

そそくさとリビングダイニングを覗き込むと、テーブルの上は既にセッティング済みだった。
嗅覚を持たないゴローちゃんも、彩りのいい食卓を見てようやく、美味しそうなご飯に気づいたらしい。ぴょんと跳ねてひゅうと爆豪の頭の上に飛んでいった。爆豪も飛び乗ったのを感じ取ったのか、少し眉を動かして視線だけちらりと上にした。

「何か手伝えるかと思ったのに」
「んなもん必要ねーわ」

軽く鼻を鳴らして、どこか得意げに言う。その様子は昔から全然変わらない。マンションの入り口で一応インターホンを鳴らしていたので、そこから幽姫が上がってくる間に、ワインのコルクまで抜かれていた。
うん、さすがとしか言いようがない。

トマトを使ったパスタが目についたので、どうやら今日はイタリアンの気分だったらしい。幽姫も特別料理が苦手なわけではないが、定番の家庭料理以外を作るのは自信がない。料理の分野――多分そこだけではないが――で爆豪に負けることに、女として落ち込む段階は随分昔に卒業している。気にせず美味しく食べる方が、互いのためだ。

「今日もすごいね、美味しそう!」
「まずいわけねーだろ」
「ふふ、そりゃそうだね〜」

向かい合って席につき、いただきますと食事が始まる。
確か昨年の誕生日は、高そうなホテルのレストランとスイートルームだったっけ。そんなところで奮発したものだから、プレゼントは香りのいいバスソルトで済まされ、その夜のうちに二人で楽しんで終わりだった。

そう考えると今日は爆豪の部屋が会場の手料理であるから、グレードは下がった。こっちの方が気楽に他愛なく会話も弾むので、どちらでも幽姫は構わない。
みみっちいと言ってからかうこともあるが、爆豪がこういう時にセコい節約をするような甲斐性なしでないことはよく知っている。

*  *

ごちそうさまでした、ありがとう、美味しかったよ、とポンポン穏やかな言葉が飛び出してくるのは相変わらずだ。
満足げに笑う表情をじいと見つめる爆豪に、幽姫は不思議そうな顔をした。

「なに?」
「ソースついてんぞ」
「えっ嘘」

少し焦った様子で声を上げ右手を頬にやる素振りを見せた。が、すぐにその手を下ろして顔をしかめる。

「やっぱり!なにその無駄な嘘」
「からかいがいのねー奴」
「誕生日の主役をからかうなんて、勝己くんは本当に性格悪いなぁ」

やっぱり!というのは多分ゴローちゃんへの返事だろう。ついてないよ、とでも告げ口されたに違いない。まあ、大した意味もないかけあいだ。

「先に片付けるからそのへんで待っとけ」
「あ、片付け手伝うよ。準備なにもしてないし」
「お前自分で主役つったばっかだろが」

爆豪が呆れ顔で言うと、あそっか、と呑気な声。

「じゃーおまかせしちゃう。ゴローちゃん、手伝ってあげて」

私早くケーキ食べたい、と笑った幽姫は、リビングのソファで大人しく待ての姿勢に入った。『先に』というのが、どうやらケーキを食べるより先にという意味にとられたようだ。

テレビのチャンネルを回して適当なバラエティ番組が始まる音を聞きながら、手早く片付けに入る。ひとりでに食洗機が開いたあたり、ゴローちゃんは素直に持ち場についたようだ。相変わらず幽姫には甘い。
食器の汚れを落として手を離すと、ひゅうと食洗機に吸い込まれていく。猫の幽霊に食器洗いを仕込むとは、さすが幽霊女は格が違う。便利ではあるので、爆豪も時折利用させてもらっているが。
幽姫曰く、ゴローちゃんは爆豪に褒められるのが好きらしいのだ。数年の付き合いで、姿すら見たことのないゴローちゃん。

ちらりとリビングを振り返って、幽姫がバラエティ番組のコメディアンにくすくす笑う様を確認する。
それから手にしていた皿を離し、食洗機に収まったのを確認してから爆豪は口を開いた。

「……なぁ、ゴロー」

幽姫に聞かれては散々な目にあうので、声は潜める。しかしゴローちゃんには聞こえているだろう。
証拠といっては曖昧だが、ほんのりした重さが肩にかかる。

「あの時の言葉は撤回しねー。俺はあいつのヒーローにはなれないからな」

――ンなもん、頼まれたってなるわけねぇだろが!!
随分昔の話だ。あの時は散々爆豪のことをこき下ろしたゴローちゃんだが、今は素直に爆豪の肩でちょこんと話を聞いている。

ヒーローになりたかった。爆豪の夢も幽姫の夢も、叶ったといえば叶ったし、叶っていないといえばまだまだだ。幽姫は未だ相棒の位置で燻っているし、爆豪も新人ヒーローの域を出ない。もっと上を目指す、これから、すべてこれからのこと。

「――それでも、幽姫のことは一生守ってやるから、お前、俺のこと許せよ」

『初めての友人』のこれから先を、ゴローちゃんから取り上げる。自分の隣に置く。
それを、やはり先に許しを乞うべきだと思ったから、言った。

途端に、食洗機の中でカタカタと食器が震えだした。驚いたのは爆豪だけではなく、幽姫がどうしたの、と声をあげる。

「ゴローちゃん、食器割っちゃダメだよ!」

その言葉があって、食器は素直に落ち着き、微動だにしなくなった。今の反応はどういう意味なのか、ゴローちゃんの姿さえ見えない爆豪にはわからなかったが。

「なんかゴローちゃん急にご機嫌だね。勝己くん何かした?」

幽姫が不思議そうに首を傾げたので、そういうことなのだろう。爆豪はふと口元を緩ませつつ、普段通りを装った。

「さあな!」



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