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ラスト・アタック - 04



気づけばよく引き合わされては遊んでいた。俺の母親と夢子の母親が、随分と仲が良かったからだ。揃って公園に出かけていったり丘に登ったり、子分というか取り巻き連中と一緒のこともあったし、二人でいることも多かった。

「ねーーかっちゃん!あぶないよ、おばさんにおこられるよ!」
「あぶなくねーし!夢子も来いよ」
「やーだ」

俺とずっと一緒にいた割に、夢子はそこまで活発なわけでも無鉄砲なわけでもなかった。月並みな表現で言えば、かしこい子どもだったのだ。親の言いつけは守る。
幼いその頃俺の中でブームだった木登りにも、あまり乗り気でなかった。確かに俺の母親も夢子の母親も、危ないことはするなと口うるさかったのだ。そんなもの気にして遊んでられるか、と俺は話半分にしか聞いていなかったが。

「それに今日スカートだもん」
「だから俺とあそぶときに、そんなんはいてくんなつってんだよ!」
「だってスカートの方がかわいいもん」
「は?どんなカッコしてようが一緒だろ」
「もう!いいよ、かっちゃんにわかってほしいなんて思ってないし!」

夢子は不満げに口を尖らせて、そんなことを言った。確か小一だかそんな頃の会話で、早熟な女子であれば理解もできたかもしれないが、ガキの俺は割と本気で良くわかっていなかった。

なんだってそんな動きにくい格好を気に入っているのか。それより断然、一緒に木登りできるようなズボンの方がいいのに。
もう一度、お前も登ってこいよ、と声をかけた。だからしないってば!と返ってくる声は、さっきの不満を乗せてさらに強い口調だった。

なんだよ、アホ。せっかく、この木の上から見える夕暮れがきれいだって、教えてやろうと思ったのに――夢子が素直についてこないから、赤い夕日はすっかり向こうに落ちてしまった。

「そろそろ帰ろうよ。また遅くなって怒られるの、私嫌だよ」
「ちぇっ」
「あ!かっちゃん舌打ちした!おばさんに言いつけるよ!」
「うっせー!やれるもんならやってみろ!」
「もーー!」

俺がすっかり不貞腐れたのは、また見せたかったものが見せられなくて、それを夢子に悟られるのもなんとなく嫌で、そんな感情のせいだった。
幼い頃から言葉遣いが悪かった俺を見張るのも、夢子が俺の親から任されていた任務だったので、その日家に帰った夢子は有言実行でババアに言いつけやがったはずだ。
そんなことは日常茶飯事だったので、あまり覚えていないが。強く印象に残ったのは、結局見せられなかった赤い夕日と、ぷりぷり怒って俺の前を歩く白いレースのスカートだった。

思えば幼い頃はそうだった。夢子は他の奴らと違っていた。デクに感じる異様にムカつく何かとはまた別の。
思い通りにならないのは気に食わないのに、その原因として切り捨ててしまうには惜しいような、そもそもそんな選択肢を浮かばせないような、適度な刺激が多分、心地よかった。

木の上からみる赤い夕暮れも、近所に引っ越してきた大きな犬も、小川にいた小さなメダカも、探せば見つかった四つ葉のクローバーも、真っ先に教えてやろうと思ったのは夢子だった。
木登りと犬は夢子が苦手で、川のメダカはどこかに行ってしまっていた。
でも白い花の隙間からやっと見つけた四つ葉のクローバーを差し出した時の、『かっちゃん、ありがとう!』と輝いた目は、俺を得意にさせた。

それが『好き』という感情だと気づいたのは、夢子が他の奴らに埋れて曇った頃のことだった。

*  *

始まりはよくある話。勝己はあんな性格だけど、かっこよくて個性も強くて勉強もできてスポーツまで得意な、そんな男の子だったから。
そんな子の隣にいつも平然と居座っている唯一の女の子なんて、別に誰も望んでなかったから。

勝己と遊ぶのは楽しかったけど、元来彼についていけるような性格じゃない。女の子の友達と一緒にいるのは、ちょっと物足りなかったけど十分楽しかった。耳が痛い暴言を聞く必要がなかったのもいい。ちょっと嫌味っぽい、『勝己くんと仲良しなの、いいなぁ』という言葉くらいはいくらでも聞き流せた。

自分で言うのもなんだけど、私は結構かしこい子どもだったので。
そして結構、都合のいい個性を持っていたので。

女の子に嫌われない女の子、みんなに好かれる女の子。特別なところのない子。みんなより少しだけ出来ることが多くて、そして少しだけ出来ないところを隠さない子。男の子と仲良くしすぎない子、一番かっこいい男の子には、一人で近づいたりしないこと。

一々あげつらうと面倒臭いのだけど、私の個性はそれを無意識になぞることができるので、とても都合がいい。それに気づいたのは、確か小学校の三年生くらいだったか。今思えば、まあ早熟なマセガキだこと。
仕方なかったのだ、勝己くんと仲良しな女の子と仲良くするのやめよう、なんて無邪気で残酷な仕打ちを受けるよりはマシだったはず。

他の子達にするように、勝己にも個性を使うようになってしまったのは、悪い癖だったのか。
それとも私がずっと勝己を好きだったのが裏目に出たのか。

幼い頃から気を許していた幼馴染だったのに、個性越しにしか話せなくなったら、なんとなく遠ざかっていったのは感覚としてわかった。多分それが、他の子達の望む私でもあったんだろう。

『八方美人』。私は誰にも嫌われたくないし、代わりに誰かの特別にはなれないのかもしれない。

かっちゃん、の隣は心地が良かった。相手がどう思ってたかはわからないけど。活発なかっちゃんにはハラハラさせられることも多かったものの、楽しそうに駆け回るのを見ているだけで、こちらもなんとなく楽しかった。

一緒にできる遊びもあったし、私が危ないから嫌だと言う遊びもあった。そんな時はかっちゃんは不満げにして、例えば木登りを断固拒否した私に不貞腐れて、ちょっと舌足らずな舌打ちをしたり。
でも私が嫌がったことを無理強いするようなことは意外となくて、だから一緒にいるのが苦痛だったことはなかった。それが彼の優しさなのか、それとも私如きにさして興味がなかったのかは、今となってはわからない。

少なくとも、中学に上がる頃には、勝己の眼中に私は無かったに違いない。自覚はしている、だって腐っても彼の幼馴染だから。

仲良しの女の子達とひっくるめて、多分傍から見たら勝己の取り巻きDくらいの感じだろう。
派手な勝己に合わせられる友達と、一応幼馴染っていう肩書きのある私だったから、適当に話を合わせるくらいはしてくれたんだと思う。

けど、“勝己向け”の私の話なんて、彼はちらりと目を見ただけで、すぐ興味なさそうに顔を背けた。大抵誰にでもそうだから、周りはあまり気にしていないようだったけど。

来いよ、いーもん見つけたんだぜ!――得意げに楽しそうに、多分一番に。私に声をかけてくれるかっちゃんを知っていた。
四つ葉のクローバーを差し出して、得意げに笑ってくれるのも。

だからヘラヘラと軽い笑顔で喋り続ける仮面の奥で、本当は少しだけ泣きたかった。
自分勝手な話だ。勝己の全くあずかり知らぬところで、好かれたいと思って壁を作り、嫌われたくないとそれを殴って、勝手にボロボロになっているだけの話。私はかしこい子どもだったはずなのに、どうしてこんなに馬鹿なんだろう。


そして失いたくないと叫んでる。もう私のことなんてどうでもいいと思って始めて、分厚かった壁が崩れ落ちた。



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