今でも君を、今からでも - 04



「高優先度傷病者、対応します!」
「おう、助かる!」

個性の性質上、私は戦闘向きというよりは救護向きである。当然、救助演習であれば救護班への参加となる。応急処置等の知識は一通り入っているし、救護所として設定された控え室に留まることになった。
トリアージを受けて割り振られた治療優先度の高い傷病者――といっても血糊とか意識の無いフリとかだけど――の処置。あるいはその辺の瓦礫を分解して、それを素材に包帯や副え木などの道具を供給。

災害現場での視野を広げた立ち回りはあまり得意でないので、私にできるのはこの程度のことだ。けど、適任だって言ってもらったから、今日はとても頑張れる気がする。

――これが終わったら、もう一度彼と話をしよう。あの頃言えなかったこと、私の思いを聞いてもらおう。
――私の名前を呼んでくれたから、往生際が悪くても、もう一度。

*  *

私雄英受けないよ、志望校変えたの――努めてなんともないような口調で言うと、焦凍くんは珍しくキョトンとした顔をした。その顔はちょっと、かわいいかも。

「……は?」
「士傑高校、わかるでしょ?あっちは実家から通えるから、雄英やめたの」

推薦入試の日程被ってるから、お互い頑張ろうね――我ながら気持ちのこもっていない言葉だ。
頑張ろうねなんて思っているのであれば、今まで彼に何も言わないわけがない。すでにダンボールに詰めた衣類や生活用品は、業者によって速やかに撤収済みである。それを載せたトラックが出発する直前に焦凍くんが帰宅しなければ、何も言わずにこの家を出ていた可能性すらあった。

「なんだよ……それ」
「えーっと……ほら、最近焦凍くんと顔合わせないからね。言うタイミング逃してたっていうか、そんな感じ」

顔を合わせなかったのは、受験対策が忙しかったとかなんとか理由をつけて、正直なところ、会いたくなかったというのが本音だ。

おじさまと焦凍くんの対立は激しくなる一方だし、それに比例するように、焦凍くんは一人でどんどん行ってしまう。
私のお節介はとっくの昔に、私がおじさまに稽古を付けてもらう機会を増やしたあたりから、拒否されていた。それは予想していたから仕方がない。士傑の推薦に絶対合格したい私は、No.2ヒーローに師事するのが一番効率的だったのだ。

ついでに、私とおじさまと私の本当の両親との間で、うやむやにしていた“いいなずけ”についてのゴチャゴチャを清算したのもその頃だ。
焦凍くんは私とそういう関係になるのは嫌みたいです、そんな焦凍くんと一緒にいるのは私も嫌です、なのでやっぱりこの話は無かったことになりますね――私が当然のような口調で言って見せれば、両親は何も言わなかったし、意外とおじさまも何も言ってこなかった。
そうか残念だ、それならば必ず士傑に合格させよう、と私にとっては良い方向に話を転がしてくれさえした。罪滅ぼしのつもりなのかな、とちょっと意地の悪い勘ぐりをしている。

元々、法的拘束力のない口約束だ。そんなものでも縋り付きたくなるくらいには、私は焦凍くんのことが好きだったけど。

それを当然のような顔で切り捨てた焦凍くんと一緒にいるのは嫌だっていうのは事実で、つまり私は逃げたのだ。
私の初恋と、忘れられなくなってしまったやわらかい笑顔と、一人で行ってしまう焦凍くんと、私を見ない冷たい目から。

いつ我慢の限界がきて、彼にみっともない本心をぶつけてしまうか、自分でもわからなかった。

「お前は――」

焦凍くんは何か言いかけて、でも言葉は続かなかった。色の違う瞳が揺れて、私をじっと見つめるのはやめてほしい。もう少しだけ我慢すれば、私は彼の邪魔をしないで消えることが出来るんだから。

「……なぁに、焦凍くん、怖い顔してるよ」


ずっと一緒にいたのに、私ってそんなに役立たずだった?そうじゃない、そうじゃなくて、役に立たなくても側に置いてよ。
ずっとお膳立てされて、あなたの隣を与えられて、それでもあなたの中に私が入る余地ってなかった?こんなに恵まれてたのに、逃げ出すなんてまるで私、馬鹿みたい。
今更私のこと見たりしないで。私がもっと惨めになるでしょう。
あなたの隣に今でもいたいよ。もしかしたらまた笑ってくれるかもって期待しちゃうよ。あなたの笑顔は忘れられないくらい、焼き付いて凍りついて留まってるんだもの。もう一度、だけじゃない、もっともっと、大好きなあなたの笑うところも、頑張るところも、可愛いところもかっこいいところも、全部全部見ていたかったのに!
どうして私を引き止めてくれないの?


「――なんでもねぇ」

そうだな、お互い頑張ろうな――目を逸らして言われたら、やっぱり気持ちがこもってないなってわかっちゃう。

そもそも彼の中にあった、私への気持ちって、一体なんだったんだろうね。突き詰めても良いことがない気がして、私はまた薄く笑うしかなかったけど。

*  *

彼女が俺の前で笑ってくれなくなったのは、俺の自業自得だった。

――『は……?あんなクソ親父の言ったこと、真に受けてたのか……?』

すると夢子は一瞬、明らかに、笑顔を消した。やわらかかった瞳にキツく射抜かれて、思わず身構えた。一体彼女が何を言うかと、俺は何を間違えたかと。

――『……えへへ、ごめん、やっぱり忘れて』

しかし返ってきたのは、ほんのりした苦笑と、何の意味もない言葉だった。

夢子はよく笑う少女だった。まるで俺を安心させようとするような、穏やかな笑顔ばかり思い出す。
でもあの時以降、彼女の笑顔は少し変わった。まるでお面のような、作り笑いのような何かになった。

俺はやっぱりあの時、何か間違えたに違いない。けれどどこか遠い作り笑いを見れば、それを問いかける言葉が出なかった。

“許嫁”なんて勝手にあいつが取り決めたものだ。そんなものに縛られるのも御免だったし、そんなもので彼女を縛りたくもなかった。前時代的で不条理、夢子をあの人のように泣かせたくない。

俺はあいつみたいにはならない、もっと別の何か、もっとお前に相応しい何かになって、そうしたらやっと一緒にいられる気がしたんだ。

――『お前は――』

それまで待っていてくれると、許してくれると、いつの間にそんな傲慢なことを思ったんだろう。俺は何か間違えて、彼女の笑顔を消したのに……いや、それから目を逸らしたのも俺だったか。
逃げていたのかもしれない、記憶の中に残るばかりの、なんでも受け入れてくれそうな笑顔に。

――『なぁに、焦凍くん、怖い顔してるよ』

逃げた俺は、そういえば、いつからお前に笑ってやれなくなったかな。

親父が夢子に稽古をつけ始めたのを知って、ますます反発した。幼い頃のように、夢子が親父の手先だとかそんな疑ぐりはしなかった。むしろ早く彼女を解放しなければと気が急いた。早く強くなって、一番になって、あの男を否定して、離れてやらなければ、放してやらなければ。

俺はあいつみたいになりたくない。だから、彼女を引き止めてはいけないんだ。

――『なんでもねぇ』

ずっと一緒にいたのに、俺はそんなに頼りなかったか?そうだな、お前にいつも助けられてた。これからも助けてくれるなんて、根拠もなくそう思ってたんだ。
ずっとお膳立てされて、お前の隣を用意されて、それを恵まれていると自覚できなかった俺は馬鹿みたいだ。お前は呆れて去ってしまった、きっとそんなところだろ。
今更お前に手を伸ばしたくなるのも傲慢だろう。往生際が悪いだろう。



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