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今でも君を、今からでも - 02



「せーのっ……“Plus――」

「――Ultra” !!!」
えっ。

『いつもの』に紛れ込んできたのは見知らぬ他人で、ぐんと上向いていた調子がカクッともたついたような気さえした。

「勝手に他所様の円陣に加わるのは良くないよ、イナサ」
「ああしまった!!どうも大変!! 失礼!! 致しましたァ!!!」
「なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は!?」

同じ制服姿の生徒に注意されて素直に謝る――いきすぎて制帽を飛ばし地面に頭を打ち付けるくらいに――あたり、悪い奴ではなさそうだ。

東の雄英、西の士傑――全国のヒーロー科の中でも、雄英に匹敵するほど実力のある難関校。制服からその士傑高校の生徒だとはわかったが、その割には額から血を流しながらも笑顔で親しげに話してくる。

「一度言ってみたかったっス!!プルスウルトラ!!自分、雄英高校大好きっス!!!」

――なんか、既視感を感じる。
と思っていたら、相澤先生曰く、俺が受けた推薦入試の元合格者だという。その時にでも顔を合わせたのだろうか。言われたところで、特に思い出すこともなかった。

ぼんやり彼の背を見送ろうとした時、ちょうどそこに駆け寄っていく少女の姿が目に入ってしまった。
一瞬息を呑んだのを自覚する。

「ちょ、ちょっと、夜嵐くん……!血、それ!」
「平気だって!傷は男の勲章!」
「いやいやいや……ほら、もう、屈んで!」

苦い表情を浮かべて、自分より随分と上背のある男の額に手を伸ばす。
治しちゃうの?治しますよ!と隣に立つ長髪の女子学生に当然のごとく言い放って、素直に屈んだ相手に両手を触れた。二秒足らず、それからさっと目元を攫ったのは肌の表面に残った血の跡だけを消すため。
最後に腋に挟んで持っていた制帽を被せてやって、ハイ終わり、と――見慣れた笑顔を浮かべた。

「ありがとう夢野さん!かたじけない!!」
「待って待ってまたぶつけたらエンドレスだよ!」

勢いよく頭を下げようとした少年に慌てて、それもそうか!と声をあげた彼にホッと息をつく。一連の流れが予想以上に親しげで、目を逸らしたいのに目が離せない。

――夢子。

自分と違う制服を着て、自分の知らない奴に触れる彼女を、見たくはなかった。

*  *

同い年の少女が連れて来られたのは、五歳の頃。お母さんがいなくなってから一年くらい後。親父の真意はわかったところで胸糞悪く、それに上手く乗せられるなんて絶対に御免だ。

ただ、幼い頃は彼女がただの“回復役”だと思っていたから、単純に親父の連れて来た奴なんかに構われたくないとか、そんな感じだったと思う。
夢野夢子の個性は『再生利用』で、表面上の怪我は触れることで治せる。傷ついた細胞を分解し、健康な細胞として作り直す。なかなかチートな個性だ。

「いらない、なおすな!」
「でも、しょーとくん……!」

伸ばされた小さな手を払うと、夢子は眉を下げて俺を見た。まるで憐れまれているような気がして、俺はさらに嫌になった。なまじ治癒系の個性を持っていると他人の怪我に敏感になるらしく、夢子は俺の身体についた傷跡を全て治さなければ気が済まないようだった。

それでも、左目まで達する火傷痕だけは、絶対に触れさせたくはなかった。
決して良いものではないけれど、もう会えないお母さんの痕跡を、得体の知れない子どもに消させてたまるかと。稽古と称した組手の中で容赦無く投げ飛ばされた俺は強く顔を打ち付け、運の悪いことに左目の上を傷つけた。顔を真っ青にして飛んできた少女に治療を言いつけて、親父はその場を去っていた。

きっとコイツは怪我を治すついでにお母さんの痕跡を消そうとする、だって親父がこの火傷痕を嫌っているのはわかっているのだ。

「血がでてるよ、なおさなきゃ……!」
「ほっとけよ、カンケーないだろ!」
「か……カンケーなくないよ!!」

途端に声をあげた夢子には少し驚いた。気の強い性格ではなく、むしろおっとりした少女だったから、ここで怒るとは思ってなかったからだ。
夢子は不意をつかれた俺の腕を掴んだ。嫌がっていれば触れてこない、今まではそうだったのに。

「しょーとくんが痛いの、イヤだもん!わたしまで痛い気がするもん!カンケーあるよ、わたし、しょーとくんのことすきだもん!」

本当に痛そうに顔をしかめて言うものだから、とっさに反論できなかった。そのまま身を固くする俺に、隙ありとばかりに両手が伸ばされた。あっと思った時には反射的に目を閉じてしまって、やわらかい手が左目の上の傷に触れたのを感じた。

やられた――一瞬絶望にも似た感情に陥ったが、ハイおわり!と声が上がったのは予想より早かった。傷口がジリジリとする、いつものイヤな感覚はあったが、それだけだった。
手が離れて目を開けると、まだ少し不満げな夢子がちょこんと正座していた。左手を自分の目の辺りにやれば、傷はなくなっていて、皮膚はいつも通りざらついた感触のままだった。

「なんで……」
「しょーとくんのケガ、全部なおすよ。わたし、痛いのイヤだもん、しょーとくんも痛いのキライでしょ?」

俺の困惑の理由がわからなかったようで、夢子はそんなことを言った。俺の怪我、全部。

「……火傷は、いいの?」
「え?……しょーとくん、それ痛いの?」

俺の問いかけにきょとんとして、不思議そうに首を傾げた。俺が慌てて首をふると、だよね、と頷いた。

「それは、しょーとくんがイヤじゃないものだから、とったりしないよ」

そう言って、夢子はいつも通りにっこり笑った。

気づいていたようだ、俺が治してほしいものと、治してほしくないもの。そしてそれを、当然のように尊重してくれたのだと俺が気づいて。
それからずっと、夢子は俺の幼馴染で、大事な家族で、大事な女の子だった。



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