ひとめ見つめて気づくこと - 04



結局最初に行った服屋以外で買い物はなく、荷物持ちとして呼ばれたはずの俺の立場がない。
ああ、いや、一応『お友達』として呼ばれたんだったっけ。本気で、八百万はただ『お友達として遊ぶ』ためだけに俺を誘ってくれたのかな。

夕方になってそろそろ駅に戻って帰ろうかとなった時のこと。

「あら、ゲームセンター?ショッピングモールですのに」
「んー……」

ショッピングモールにゲームセンター、割とよくあるような気がするけど。八百万が興味ありげだったので、見にいこっか、と声をかけた。
楽しそうに入ってくけど、八百万ゲーセン似合わないなぁ。
案の定ゲームセンターはあまり行かないようで、興味深そうに台を見て回りつつ俺に遊び方を聞いてくる。俺もそんなに行くわけじゃないんだけど、と思いながら答えていく。

「あっ!夢野さん、あれがかのUFOキャッチャーですね!?」
「……うん、そう」

UFOキャッチャーとプリクラくらいは知ってたらしい。根っからのお嬢様だなぁと思ったが、目を輝かせる八百万が見れのでよしとしよう。また八百万の良いところを見つけてしまった。

「私、遊んでみたいですわ!」
「まあ、いいんじゃない」

俺はやりたくないけど。庶民の娯楽を経験するのも大事だと思う。俺はやりたくないけど。
あんなの取れると思えない、というか、そもそも俺は機械との相性が悪いから。反応が遅くて、ボタンの操作が遅れてしまう。中学時代の友人がクレーンゲーム廃だったけど、俺には無理。

初心者にしては果敢にも、八百万は大きなぬいぐるみが捕獲された台に挑むらしい。白色のウサギのキャラクター。あー、なんか好きそう。




「……あの、そろそろやめた方が」
「で、ですがもう少しでなんとか……」

お嬢様にこういうギャンブル性のあるもの教えちゃ駄目な気がする。気づくの遅かったかも。

もうとっくに中のぬいぐるみの値段相場を超えるだけ金を突っ込んだように思う。こういうところだ、俺がこのゲームやりたくない理由。さすがに4回目の換金は止めた方がいい気がしたので声をかけた。これも遅かったかなぁ。

「うーん……八百万、そんなにあれ欲しいの?」
「欲しいというのは確かですが……正直なところ、今更引き下がるわけには、という思いの方が強いです」

恐ろしいゲームですわ……と呟いたあたり、完全に制作側の策略に乗ったのは理解しているらしい。賢い子だから。
でも意外。数回やって諦めると思ってた。普通に買った方が楽だし、なんなら創造も出来そうだし。……そう思って安易に放置した俺も悪かったような気がしてきた。ので。

「……じゃあ、続きは俺がやるよ」
「え?」
「UFOキャッチャー、いいんじゃないって言ったの俺だし」

一度で取れるわけがないので、三回分の小銭を放り込む。聞き飽きたBGMが流れ始めてうるさい。

「夢野さん!これは私が――」
「黙って。集中して、考えるから」

八百万にまで文句を言われたらたまったもんじゃない――個性を使うなら、せめて可能な限り活かせる状況にしたい。
こんなところで使うなって話だけど。

必要な記憶を、情報を、すべて引っ張り出して並べ替えて組み替えて捏ねくり回して、集中して――考える。そういう個性。
さっきまで八百万が繰り返した十数回のチャレンジと、中学時代の友人がやっていたテクニック、得意げに講釈垂れてた話。思い出して繰り返しながら、一回目のアームを動かしてみた。指を離すタイミング、アームが止まるまでのタイムラグ、その時のアームの位置、揺れ。ぬいぐるみを掴んで、持ち上げた時の転がり方から重心の位置やアームの強度がわかる。想定していたより手前に降りた、目測とのズレを修正。何も収穫のないアームが開いて閉じて、終わり。考える。掴むべきか転がすべきか、アームの位置はどこに、脳内で数パターンのシミュレーションをして、それから二回目のチャレンジ。あ、ミス。タイミングのずれからシミュレーションと離れた。案の定失敗。条件を変えて再度パターンを考える。考えながら指を開いて閉じて、さっきは余計な力が入ってミスした。
さて、三回目。ミスの原因はもうないはずで、よし、じゃあ、想定通りに。

あっ、と声がした時にはシミュレーション通りにぬいぐるみが落ちた。

「すごいですわ、夢野さん!」

ああうんよかったね。すごいっていうかさっきまで八百万が一生懸命転がしてたから、多分相当難易度下がってたと思うよ。あの友人に言わせたら余裕で取れる感じだからいい気になるなって奴だ。あいつ毎日ゲーセン通ってたみたいだから俺と比べられても困るんだよねそういえば最近会ってない、って待てなんの話それ。

「ありがとうございます!ふふ、すごく嬉しいですわ……!」

――あ、可愛い。

白いウサギのぬいぐるみ抱えて笑ってる八百万かわいい。本当にすごい嬉しそうでかわいい。ニッコニコじゃんそんな喜んでる顔見るの初めてな気がするやっぱ初めてだかわいい。八百万の胸元でぎゅって抱きしめられてるぬいぐるみ羨ましい。でもこんな笑顔見てる俺の方が役得だから。ほとんどのお金八百万が投入してるのに俺に感謝するとかおかしいと思う、八百万そういうところあるよねかわいい。ほっぺちょっと赤くなってるかわいい、八百万ってかなり照れ屋さんだよねかわいいなあって前から思ってたけど。だってプリント回して振り向いた八百万がかわいくてちょっと笑っただけなのに、それで八百万の方が照れるんだもんかわいいに決まってるし余計笑っちゃう。ていうか待って今日の私服かわいい、制服もいいけど新鮮でかわいい、なんで俺ずっと何も思わないで隣にいれたんだっけ、あ、ちょっと、待て待て待て!

「夢野さん?」
「待って、個性止めるから待って、喋らないで」

夢野さんって呼ぶ声好き。きょとんと見上げてくる目可愛い。八百万かわいいホント可愛い、あー好き、笑ってるの見るの好き。とりあえず目閉じよう、情報入れちゃダメだ!

俺の個性は『倍速駆動』。本来はテレビなどのディスプレイに関する用語で、映像内で連続する画像に補間画像を差し込み、単位時間あたり二倍の枚数の画像を流すことで滑らかな映像を作る技術を指す。しかしまあ補間とかそういうごちゃごちゃしたことは置いておいて、俺の生まれ持った能力は“個性発動中の俺の能力を全て倍に引き上げる”というものだ。身体能力も思考速度も、知能も体感時間でさえ、倍になる。昔は二倍までだったのが、雄英に来てから、四倍くらいまでいけるようになった。いわゆるフィーバーモードって奴だ。反動は、倍で進めた分の体感時間を個性使ってない間に、補う必要があること。そのため普段の思考速度は遅いし、それでも回復しきれず、暇さえあれば寝てる。そうだ、休日に丸一日寝るようになったのも、雄英に来て個性を使うようになってからだっけ。とにかく、個性を使っている間は、全く関係ない思考まで無駄に発展していくことが多くて、意識してブレーキかけながら、ゆっくり、速度を落としていかないと……戻った。あー、よかった。

――や、よくないけど。何最後のあれ。

「……夢野さん、そろそろ大丈夫ですか?」

ゲームセンターの通路に座り込んで、じっと目を閉じている高校生。あまり良くない。
八百万は一応、実習などで見たからか、俺が個性を収めるまでの時間を把握しているらしい。声をかけられたからには、起きないわけにもいかず。

視線を上げると、中腰でこちらを覗き込んでいた彼女と目があった。黒くて綺麗な目がキラキラ。

「ありがとうございました、夢野さん。この子、大事にしますね」
――あ、やっぱ好きかも。

「んー……うん、どういたしまして」

とりあえず、ありがとうへの返事。
大事にしますね、だって。そっか。
……んー、好き、なのかな?俺が、八百万を?

あー、ダメだ。さっきすごい思考が、多分オーバーフローしてたから、反動で今の思考速度クソみたいになってる。今考えても仕方ない気がする。もーいっか、また後で。

「では帰りましょう!すっかり時間を使ってしまいましたね」
「……あ、そうだった」

駅に向かって、帰ろうって言ってたんだった。



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