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ひとめ見つめて気づくこと - 03



そのまま数着、試しては店員さんに見てもらう流れを続ける。お忙しいのにと申し訳なかったが、おかげさまでいくつか候補が上がってきた。お値段もいつも行ってるお店に比べればかなり手頃なので、随分と機嫌が治ってきた気がする。

「ふふ、お連れ様、素敵な方ですね」
「……え!?」

突然店員さんがそんなことを言うので慌ててしまった。くすくす笑いながら、告げ口するように声をひそめて続けられる。

「ずっとああやって、お客様のこと見ていらっしゃいますよ」

と言われて目を向けて、やっと気づいた。

――おそらく、寝ているだけだと思います……。

最初に目が合ったのと同じような姿勢で、ぼんやりこちらを眺めているように見える。
が、クラスメイトなら周知のごとく、夢野さんは『目を開けたまま眠れる』という稀有な能力の持ち主だった。睡眠が彼にとって、私達とは違う意味を持つことはわかる。以前、冗談っぽく『授業中寝ても叱られないように会得したんだと思う』なんてことも言っていた。相澤先生には、バレバレのようですが。
とにかく、彼の場合目を開けているかどうかはあまり関係がない。態勢が変わらない、身体が動かない、そういうところから眠っているかどうかの判断をする必要がある――つまり、多分、私が試着を繰り返す間ずっと寝ていたのでしょう。

そこまで気づいた時、途端に気分が凪いだ。冷めたとも言う。
『せっかく八百万と一緒なのに』なんておっしゃっていたくせに。

「はぁ……すみません、これで十分ですわ。ありがとうございます」
「え、あ……はい……」

突然私の様子が変わったのに気づいたのか、店員さんは特に何も言わずに頷いた。元々の服に着替えて試着室を出ると、店員さんが困ったように立っていた。

「お客様、お洋服はどうなさいますか?」
「……ええと」

正直に言うと、もうお洋服を買う気分ではなくなってしまった。けれど、あれだけ店員さんにご迷惑をかけたことを考えると、一着も買わないなんていうのはあまりに非常識な気がする。

「ああ、お気になさらず!ご満足頂けなかったのでしたら、それはそれで」

困った顔をしてしまったようで、そしてそれを悟られたようで。店員さんにそんな気を遣わせてしまった。
すみません、と頭を下げるといえいえ、と笑って返される。きっと内心では残念がらせた。ヒーローを目指す者として、失格ですわ……。

ため息をつきつつ夢野さんのところに向かう。どうやら今は起きていたようで、気づいて席を立たれた。

「お待たせしました……」
「ううん、別に……あれ、買わないの?」

そのまま出口に向かう私を見て、夢野さんが不思議そうに言った。誰のせいだと……いいえ、きっと彼のことだから、気づいていないのでしょう。

「ええ、店員さんには悪いことをしてしまいましたが……」
「そう……似合ってたのに」
――はい?

ポツリと呟かれた言葉に足を止めた。振り返るとまた不思議そうな顔をされる。

「夢野さん……」
「ん?」
「……似合ってた、というのは?」

尋ねてみると、少し眉を下げて困ったような表情をする。

「いや、俺よくわかんないけど……さっき試着してたの、どれも似合ってた、気がする」
「どれも……てっきり寝ていたのだと思いました」

素直に伝えると、夢野さんはパチリと目を瞬いて頬をかいた。

「あー……うとうとはしてたけど。でも、八百万が違う服着て出てくるの面白かったから、その度に目は覚めてた」
どれも可愛かったよ、と続く。

――どうして、彼は、こう……!

なんとも言えない感情がせり上がってくるのを抑えて、つとめて冷静に問いかける。

「ち、ちなみに、どれが特によかったですか」
「……んー」

相変わらず結論が出るのが遅い。夢野さんはしばらく考えてから、俺の意見じゃ参考にならないと思うけど、と前置きして。

「最初持ってたやつと、黒いのと、なんか薄い花柄みたいなやつ……かなぁ」
「わかりました。夢野さん、少し外で待っていてくださいませ」
「うん?わかった」

素直な夢野さんはあっさり頷いて、店の外に出ていった。私はもう一度店内に戻って、先ほどの店員さんに声をかけた。

「すみません、やっぱり先ほどの商品ください」
「えっ?あ、はい!どちらになさいますか」
「最初に試着したものと、オススメしてくださっていた黒色のものと花柄のものを」
「ありがとうございまーす!」



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