テレビの速報を見て事務所を飛び出した。
現場に近づくにつれ、集まった一般人が黒煙の上がる方を見て不安げに騒いでいた。もう少し近づくと警察やヒーローがしかめっ面を合わせて、怒号さえも飛び交っていた。過去に憧れたエッジショットもいたし、もはや見慣れた彼の幼馴染もいた。平和の象徴を目指す彼は、飛び込んできた幽姫を見てすぐ、情報を伝えてくれた。
意思の強さに比例して、個性にかかりにくい反面、かかると解くのが難しくなる、そういう個性らしい。ああ、そりゃあ彼がかかったら、大変なことになるに違いない。
「解くには精神的ショック、なんだね?」
「うん。色々試したけどダメだった、僕の声も聞こえてないみたいだ」
身体的に攻撃して、たとえ意識を飛ばしたとしても敵の操作は続くという。さすが、凶悪事件を重ねているだけある強個性。幽姫程度の若手ヒーローでは手に負えない案件である。物心ついた頃から色々あったはずの緑谷でさえ、はねのけるほどの強制力。
「わかった、ありがとう。いってくるね」
「なっ……ダメだよ!危険だ!今応援を呼んでる、まず拘束してから――」
「嫌だよ。今すぐ彼を助けたいの」
救いたいの、守りたいの、苦しめたくない、そばにいたいの。
そのためなら――って、言ったら怒ってくれる彼がいい。
「ふふ、私が抱きしめて覚めないようなら、もう別れてやるんだから」
そう言って笑ったら、なんとなく、怖くなくなった。
すべての制止を振り切って、警戒区域の中心に向かう。派手な個性だから、居場所がわかりやすくていい。しかしそんなに何度も爆破して、自分の限界を知っている彼らしくない。
轟音の後には地響きがして、近くのビル群にはヒビが入り窓ガラスが割れる。足の踏み場もない、飛んでいれば関係ないけど。
ようやくたどり着いたそこで、立っていたのはひょろりとした不健康そうな男だった。愉快そうな表情が妙に似合わない。
「なんだ、お前ヒーローか?」
「知らない?あなたがおもちゃにしてるそこのヒーローと、同期なんだけどな」
「ははっ、同級生か。そりゃあいい」
瓦礫の山からふらりと立ち上がった彼を見て、無駄に高い笑い声が心底不快だった。浅い呼吸、腫れた腕、血の滴る拳、白目をむいた無表情。
「――返してよ」
「嫌だね、君の言った言葉気に入ったよ。彼はとっても楽しいオモチャさ」
一瞬ふらついた足が、地を蹴った。ハッとして右の大振りを躱す。続く左手の爆破を避けて宙に逃げたが、右の爆発で飛び掛かってくる反応速度。思わず目をみはる。
学生の頃、一対一の訓練で彼に勝った記憶はない。
間一髪それを避けて、ごめんねと口の中で呟いて腕を振り下ろす。見えない重みが彼を押しつぶす。地面に叩きつけられて、それでも身を起こそうと抗うのはさすがとしか言いようがない。
やめてよ、本当に壊れちゃう。
「ねえ、なんでわかんないの」
「おいおいただの同級生、無駄だよ。彼の目を覚まそうってんなら、そうだね、親でも殺させなきゃ」
また笑い声。まるで不可能だろうと嘲るような声。ああ、そう。
「親、親ね……殺せば、覚めるんだね」
「ただの同級生じゃ犬死にだよ、別に僕は面白いだけだけどさ!」
ただの犬死にかもしれない。そうだね、そういう可能性もある。
ふわりと彼の隣に降り立って、重さに逆らう背に腕を回した。
「――そうなったら本当、呪い殺しちゃうよ、勝己くん」
いいよ、ゴローちゃん。
心の中でつぶやくと、一瞬躊躇された後、お腹から脳天を揺さぶる衝撃。ふき飛ばされないように、そして彼が壊れないように、腕に力を込めた。
衝撃は存外、一度きりだった。そのまま倒れた彼の身体が、何かを思い出したように突然震えだす。
ああ、良かった。呪い殺さなくてすみそうで。
ああ、でも安心してほしいなぁ。震える大好きな人を抱きしめようにも、もう力が入らないから。
「だいじょうぶだよ、わたし、ぜんぜんこわくないもの」
あなたのために死ぬのは本望だって、私最初に言ったでしょう。
だって私はこんなにあなたが好きだから、きっと死んだって一緒にいるもの。確信があるの。あなただったらどうかなんて、不安になるよりはよっぽど、こっちの方が私は安心なの。
だからぜんぜんこわくないの。私はあなたの隣で笑っているから、それは何も変わらないから。
……ああ、でも、そっか。
らしくもなく震えた声で名前が呼ばれた。口を開いても血が溢れるだけで何も言葉にならないから、せめてぎゅっとしてあげようと思ったのに、どうしても力が入らない。
うーん、そっか。今になってやっと気づいてしまった。気づかなければ、本当に、何も怖くなかったのに。
――私、もうあなたに触れることも、触れられることも、なくなっちゃうのかな。
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