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きっと誰にもわからない - 03



ふと目が覚めたと同時に、爆豪くん、と声がした。

振り返ると、困ったような表情をした丸顔の女――同期の麗日お茶子が、病室に入ってくるところだった。目が覚めたのは彼女が戸を開けた音のせいか。花束と紙袋を抱えて、こちらに歩み寄ってくる。

「幽姫ちゃんの様子、どう?」
「……変わんねえよ」

脈拍も一定で、呼吸も穏やか。傷の回復も、ゆっくりではあるが進んでいる。ただ目を覚まさない。
昨日も一昨日も同じ説明を、担当医から爆豪が代わりに聞いていた。

爆豪の短い言葉を受けて、そっか、とため息をつくように呟かれた。麗日は幽姫の顔を覗き込んで、冗談交じりの口調で幽姫に笑いかける。

「お花、八百万さんが送ってきてくれたよ。きっと高いやつだよー幽姫ちゃん、後で見てね」

それから爆豪に花瓶を入れ替えてくると伝えて病室を出ていった。
活動場所が近く、在学時から幽姫と比較的仲の良かった麗日が、入院中の荷物やら何やらの細かいフォローをしている。
本当ならば、爆豪が代わりにやるべきところを。

後ろ姿を見送って、爆豪はつい握る手に力がこもった。ベッドの隣でうとうとしていた間も、握り返されない左手を放すことはできなかった。

花瓶の中身を入れ替えて戻ってきた麗日はそれを窓際に起き直してから、さて、と紙袋を取り上げた。

「はい、爆豪くんにはこれ」
「あ?」
「肉じゃがときんぴらごぼうとー、あとおもち余ってたからちょっと分けたげるね」
「……なんだそれ」

よく意味がわからず顔をしかめたものの、いーから!と結局紙袋を押し付けられた。ちらりと中を確かめると、今挙げられた料理らしいタッパーが積まれていた。
おすそ分けでもする気か、なぜ。

「デクくんが心配してたよ。顔色悪いって」
「……クソデクが」
「そーゆー言い方ないでしょ」

思わず吐き捨てると、相手もむっと眉を寄せた。あの幼馴染に似て、丸顔も大概お節介だ。

緑谷とは昨日顔を合わせた。最初は気まずそうにしていたくせに、しばらくしたら今度は爆豪の体調を気にし始めるのだから鬱陶しい。
どうせ、食事してないのではとか睡眠がとれてないのではとか、そういう妄想をしたのだろう。余計な世話だ。
現に毎日病院と自宅を往復する程度の気力も体力も維持しているし、最低限の生活は送っている。つもりだ。

施しを受けるのは癪だったが、突き返したところで無駄な口論に発展するだけだろう。そこまでの気力はなかった。チッと舌打ちしただけの爆豪を見て、麗日は眉を下げる。

「私でもなんとなくわかるよ、爆豪くん元気ない」
「うっせーな」
「ほら、いつもはもっと怒鳴ってるくせに」

ああ、面倒くさい。爆豪は思いながら、もう一度舌打ちだけして、反論はしなかった。

「爆豪くん今日はもう帰ったら?どうせもうすぐ面会時間終わりだよ」
「ほっとけ。その前には帰る」
「……そう」

それ以上は言っても無駄と思ったのか、麗日はあっさり口を噤んだ。代わりに、少しだけ間を置いた後に。

「私は幽姫ちゃんの友達やから、言っとくけど……幽姫ちゃんが起きた時に、そんな爆豪くん見て悲しそうな顔は、させたくないからね」

ご飯ちゃーんと食べてね、とまるで子どもに言い聞かせるように告げられた。わかってんだよ、んなこと。



『先日〇〇市で起こった大規模爆発事件について、主犯の敵名××が、これまで関与してきた事件も含めた犯行の全貌を自供したことが、警察への調べでわかりました。××の個性が他人を操るものであることはこれまでの調査から指摘されていましたが、今回の爆発事件においてヒーロー・爆心地を操ったのと同様に、これまで関与が疑われていた事件の実行犯として拘留された五名を操っての犯行だったとのことです。これまでの容疑者五名に対する措置については、警察から早急に対応すると発表されました。
今回大規模爆発事件の実行役となった爆心地は現在も活動を休止しており、事務所への取材では、今回の事件で被害の出た方々へ誠意を持って対応したい、と答えています。爆心地の暴走を止める際重傷を負ったとされるヒーロー・ゴローは現在も意識が戻っておらず、事務所間での話し合いが続いている状況です』


ガシャンッ、と気づけば皿が一枚床の上で粉々になっていた。ニュースはテロップを切り替えて、次のニュースを伝え始めた。

はあー、と大きく深呼吸。どうやらキャスターの言葉を聞きながら、呼吸が浅くなっていたらしい。
片付けなければという思いと、むしろテーブル上で無事な食器も全部叩き割ってやりたい気分が入り混じったのは、酸欠のせいに違いない。

とっくに箸は止まっていたが、先ほどのニュースで余計に食欲が失せた。麗日に押し付けられたタッパーの中身を少しずつつまんでみたが、どうにも味がしない。
そもそも幽姫は肉じゃがにさやいんげんは入れないし、きんぴらごぼうには唐辛子を入れる。どっちも爆豪が教えたレシピ通りに。

――『ああ美味しい。ね、もしかして私を太らせる気なの?重くなったら浮かせづらいから、仕事に支障出ちゃうよ〜』

冗談っぽくそんなことを言いながらも、彼女はためらいなく爆豪の料理をまた一口。もともと大げさな表情をしない、穏やかなタイプだから、どの程度爆豪の料理を気に入っているのか定かではない。
しかし作ってやったら作ってやった分だけ、必ず残さず食べる。たまに爆豪に合わせて味付けした激辛料理も、確か、残されたことはないような気がする。そういう時は、昔から変わらない青白い頬を少し赤くして、文句を言いながら笑っている。

青白い肌も細い体つきも、ふらふらした態度も、ふわふわした思考回路も、どれも昔から変わらない。

――『……それも悪くねえな』

その時はなんとなくそう答えた。ちょっとは健康的な見た目になってもいいと思ったし、その方が多少抱き心地も良さそうだ。

もっと重ければよかったのだ。もっと、ちゃんと、どこにも飛んでいけないくらい。

昔から変わらないところも、少しずつ変わっていったところも、すべて含めて愛していた。変わらない笑顔に安堵して、爆豪好みの料理を褒めてやって、隣に並んで座って、自分なりに大事に触れたのに。

灼けつくような掌の痛みも、消え入る声も、じわじわと滲んで移る鉄臭い赤も、背に回ったまま力の抜けていく細い腕も、夢に見る度に生々しく蘇る。
認めよう、お節介な幼馴染の言う睡眠不足も、間違っちゃいなかった。



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