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your charm - 07



引き続き、トップニュースはヒーロー殺しの逮捕劇に終始していた。お守りを失くしてから数日が経っていた。

数年前現れた恐ろしい連続殺人犯、ヒーロー社会の大きな脅威が去ったことは、日常ヒーローと関わりない人間にとっても安堵するべき結果となった。どこかのワイドショーではネットにあがったヒーロー殺しの動画に騒いでいたが、何がそんなに面白いのだろう。
ナンバーツーヒーロー、エンデヴァーのお手柄。さすが事件解決数最多の男。過去の活動の映像を流しながら、炎のヒーローを称えるタレントが映った。

――でも、エンデヴァーさんってちょっと怖いんだよね……。

テレビの向こうで憧れの表情を浮かべる人達を見る度に、どうも複雑な気持ちになる。

あの頃の男の子が、幾度となく泣いていた理由はほんの少しだけ知っている。いくら泣いても愚痴も泣き言も言わないような子だったけれど、日々増やす擦り傷も軽い火傷も、休みの日に遊ぼうと誘うと寂しそうに『お稽古だから』と断る顔も知っている。そんな顔をさせたくはなかったので、遊びに誘うことはしなくなった。

エンデヴァーさんに単純な良いイメージを持っていない理由は、それだけというわけでもない。一度だけ、直接面と向かったことがあった。
小学校の二年だか三年だか……そのあたりの頃の、ほんの一、二分の話。プライベートだったのだろうから、あの威圧感を受けるコスチュームではなかった。比較的ラフな格好ではあったけれど、長年に渡って鍛え上げられた巨体も、真っ赤に燃えるような髪も、鋭い目も、目の前にいたら普通に怖いに決まっていた。

――焦凍に、余計なことを教えるのはやめてくれ。

彼が私に言いたかったのはその一言のみ。余計なことというのが何を指しているのかはよくわからなかった。
しかし少なくとも、私があの子と仲良くするのを、実の父親たるこのヒーローは気に食わないらしいことだけわかった。

その頃からだったか、あの子と距離ができるようになったのは。そもそも小学生の男女なんて、いよいよ周りからの視線を気にし始める時期でもあった。
気づけば彼はみんなから一目置かれる素敵な男の子になっていて、そんな子の幼馴染みだなんて口が裂けても言えない私は、少しの寂しさを紛らわすように、他の友達におまもりを作ってあげるようになった。

*  *

犬みたいな顔の警察署長から、事件の今後の扱いについて説明を受けた。昨晩のヒーロー殺しとの交戦はエンデヴァーの手柄として扱うことで、違法に個性を使用した俺達への処分も周囲が受けるその監督責任も、最小に抑えてもらえることになったようだ。色々ありすぎたが、まあ、とにかく……比較的無事に済んでよかった、と言っても構わないだろう。規則規則うるさい犬だと腹立たしく思ったのは少し失礼だったかもしれない。

「そうそう、君に返しておくワン」

説明を終えて病室を出ようとしたその犬署長が、あっと思い出した様子で立ち止まった。
内ポケットから透明な袋が取り出され、俺に投げて寄越されたのを咄嗟に受け取る。

「現場検証中に見つかったものだけど、特に怪しいものでもなさそうだから……君の物で合ってるワン?」
「……はい、ありがとうございます」

軽く頭を下げておくと、犬署長は今度こそ病室を出て行った。大人達はまだ色々とあるらしく、飯田と緑谷の職場体験先のヒーローも二言三言声をかけただけで、やがて病室にはまた俺達三人だけが残された。

透明なジッパー付きの袋を開き、所々に焼け跡の残ってしまった赤いお守り袋をつまみ出す。
土埃で汚れた赤い布の端々はほつれて、白い組紐も千切れてしまって、袋の口は緩んで開きかけている。いつの間にこんなボロボロになっていたのだろう。三日前の体験初日、コスチュームのベルトに忍ばせた時にはまだ綺麗なままだったのに。

「……大事にしてたんだね?」

緑谷がそんなことを言うので、視線を上げて目をやった。語尾は尋ねるようだったのに、実際には断定するような目だった。

「……そう見えるか?」
「うん、なんとなく。戦いの途中で、千切れちゃったんだ」

残念だね、と眉を下げる緑谷。別に、そんなに大事にしていたつもりはない。そりゃあ、人からの預かり物っていうか戻ったら返さなければと思っていたので気にかけてはいたが――ああ、まずい、そうだこれは預かり物。数日前八百万と笑顔で話していた、あの女子生徒の手作りのおまもり。
まずい、大分ボロボロにしてしまったけれど、これ返したら流石に嫌われる。……まあ、知り合いですらないんだから、現段階で好かれているわけもないが。

「しょ、しょうがないよ轟くん!緊急事態だったし……むしろそのお守りが君を守ってくれたっていうことなんじゃないかな!」
「いや、ただのお守りにそこまでの効果はないと思うぞ」
「あ、あれ……意外と冷静だ……」

なぜか急に、緑谷が俺を慰めるようなことを言い出した。お守りなんて所詮ただの布と紐でできた飾りである。持ち主の代わりにボロボロになるなんて、そんなオカルト的な話があるか。
淡々と反論すれば、緑谷は戸惑い気味に首を傾げる。なぜ。

「すごく落ち込んで見えたから、そんなに信じてたのかなぁって思ったんだけど……」
「別に、落ち込んではない」
「ええー……」

緑谷の思い過ごしだ。他人の預かり物を壊してしまったことに対し、申し訳なく思っただけなのだから。

「しかし轟くん。コスチューム時でさえ持ち歩いていたということは、それなりに理由はあったのだろう?」

不思議そうに口を挟んできたのは、向かいのベッドに座る飯田だった。うんうんうんと必要以上に頷く動作を繰り返す緑谷も同意見らしい。

持ち歩いていた理由?それは――預かり物だから失くさないように――でもそれだと大事に部屋に置いておけという話で――ご利益があるなんて思っていないし――でも、なんとなく――『俺が持っているべき』だと。

改めて尋ねられると、自分の行動の理由が判然としないことに気づいてしまった。そういえば、なんで俺はこのおまもりを持っているのだろうか。返すタイミングがなかった、と言い訳していたが、それならそれで先生にでも預けておけば返してもらえたはずだし、別段『俺が持っているべき』理由は存在しないはずなのに。
何か、無意識下で、これに惹かれる理由があるとでもいうのだろうか。

「……緑谷」
「えっ、なに?」
「これ、持ってみてくれ」
「えええ、なんで?」

ずいとお守り袋を差し出すと、緑谷は大げさにぎくっと身を引いた。

「手元から離れればわかるかと思って」
「えっむしろ理由もないのに持ち歩いてたの……?なんか、らしくないね……」
「……自分でも、そう思う」

緑谷は戸惑い気味だったが、ずりずりとベッドの端に座ってお守りに手を伸ばした。
びりっ。

「ああ――!?ご、ごめっ」
「緑谷……」
「ひぇごめん轟くんんん!!そんな力入れたつもりは――!!」

一瞬だった。緑谷がお守りをつまんで軽く引いたと同時に、赤い布が綺麗に真っ二つに破れ去った。半ば呆然と目を合わせると途端に緑谷が顔を真っ青にしたので、もしかしたら俺はよほど変な顔をしていたかもしれない。
いや、だって、お前、ただでさえボロボロなのに、お前……。

「二人とも、下に何か落ちたぞ」

そんな俺達を見ていた飯田の言葉に、揃って視線を床に落とす。先にあっと声をあげたのは緑谷の方だった。

「オールマイトの折り紙!わあ懐かしいなぁ。小さい頃よく作ったよね」
「俺は折ったことはないが」
「あ、飯田くん達はそういうことしないか……これ結構大変で、僕なんか昔――」

拾ったのは俺が先だった。こちらも土埃を被って汚れてはいたが、黄色い二本の耳に似た特徴的なフォルムと、薄橙の顔にネームペンで書き込まれたニカッと大きな笑い方。本物を知っている身としては可愛らしすぎる、ポップなオールマイトの顔折り紙。先日八百万が創造したものよりクオリティは正直落ちるが――ああ、そうだ。

あの"おまもり"達の行方を思い出した。

「緑谷」
「はっ!ご、ごめん轟くん!思い出話なんてしてる場合じゃなっ」
「いや。ありがとう、いろいろわかった」
「へ!?」

小学生の頃オールマイトの折り紙に没頭していたという緑谷の話は無視して、とりあえず感謝の言葉を伝えてみたが、相手はさらに困惑しただけらしかった。

「あと、俺も昔これ作ろうとしたけど無理だった」
「あ、そ、そうなの?」
「ああ。姉曰く泣いていたらしい」
『轟くんが泣いた!?』



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