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your charm - 04



優しい奴だった、というだけのぼんやりした記憶はある。他人を放っておけない性格だったのだろうと思う。

実の父親や兄姉ともまともな関係を築けないものだから、人付き合いという点については今でも得意とは言えない。幼稚園児の頃なんか特に、ちゃんとした友達というのがいなかったように思う。
引っ込み思案といえばまだマシだが、単に馴染めなかったというのが正しい。

そんな俺にも物怖じせずに駆け寄ってきた。
俺が笑うと俺よりも嬉しそうに笑い、俺が泣くと俺よりも辛そうな顔をして横にいる。そんな奴。

*  *

今日は仕事で遅くなるそうよ、という姉の言葉に内心で少し安堵する。
体育祭でのことを経て、多少は親父に対する考えも改めてみようかという気にはなったが、十数年に渡る溝は簡単に埋まるものでもない。食事の席にいないと確定しただけで、なんとなく気が楽だ。

食事中はテレビをつけない、というのが暗黙のルールになっている。と言っても親父も俺も積極的に会話を楽しむような性格はしていない。そんな中で救いなのは、比較的話し好きな姉の存在。
職場の小学校であった出来事が多く、今も夕飯の焼き魚をさして子どもが給食の魚を食べたがらないのはどうすれば改善されるか、なんてことをつらつら話している。時々相槌を返すだけでも、結構会話が続いているような気がしてしまう。

魚嫌いな子どもの話はいつの間にか話題が逸れて、明後日あたり夕飯はカレーにしましょうねという結論に落ち着いた。うちでカレーなんて出るのは珍しいな、というくらいの感情しか湧かない。姉が言葉をやめたので、途端に食卓が静かになった。よくあることだ。

どうせもうすぐ食べ終わるし、こちらから話題を提供する必要もないのだが。
ふと思い出したことがあって、あのさ、と声を漏らした。姉は俺が話しだしたことに少し驚いた様子で、箸を止めて目を瞬いた。

「なあに?」
「昔の……俺が持ってた折り紙、どこか仕舞ったか?」
「折り紙?」

さらに話題も意外だったらしい。高い声で俺の言った単語を繰り返して、目を丸くした。

「急にどうして?」
「いや、別に……大した意味は、ないけど」

本当に大した意味はない。
懐かしい夢を見て、タイミングを見計らったかのような紫色のお守り。それが一昨日のことで、昨日もなんとなく忘れられないまま、部屋の押入れを開けてみた。
小中学校で使っていた道具は整頓して直してあるのだけれど、さすがに幼稚園時代のものなど一つも見当たらなかった。

「折り紙か……残ってるかなぁ」

思い出そうとするように首を折る様子から見て、どうやらあの色とりどりの折り紙のことは姉も覚えがあるらしい。
実を言うと、幼かった俺はあの女の子から可愛らしい折り紙を貰う度、母や姉に得意げに見せたりしていたのだ。これは、あまり思い出したくない記憶だ。

「もしかしたら、空き部屋の箪笥とかにあるかも。後で探しとくね」
「ああ」

姉にちょっとした約束を取り付けて、残る夕飯を平らげた。



お父さんが帰る前にお風呂入っちゃってね、と言われたので素直に従った。風呂から上がって、まだ途中の課題を終わらせて、朝のロードワークに支障のない時間には就寝――いつも通りのタイムスケジュールを思い浮かべながら居間に戻ると、持ち帰りの仕事をしていたらしい姉が顔を上げて言った。

「折り紙、ちょっとだけ残ってたよ。ほら」

机の上には有名な和菓子店の箱が置いてあった。長年どこかに仕舞われていたのだろう、箱の角だけ擦れて色付きのフィルムが剥がれている。しかし十数年放置していた割には綺麗だ。

まさか本当に残っているとは。正直ダメ元だったので、普通に驚いた。
無駄に広い日本家屋は掃除が面倒なだけかと思っていたが、収納スペースの余裕による物持ちの良さは一考の価値あり――なんて一瞬考えたが、蓋を外した中身は期待したのとは別物だった。

「あー……」
「え、どうしたの焦凍。っていうか、そんなに落ち込む?」
「別に落ち込んではない」
「いやいや……」

姉は不思議そうに首をかしげた。そんなに落ち込んで見えただろうか。
そりゃあ、期待した分少しは残念だったが……元々無いだろうとは予想していたのだから。

箱の中に入っていたのは、夢に出てきた色とりどり形とりどりの“おまもり”ではなかった。ただの、正方形の色紙。折られる前の、ただの紙。
聞き方が悪かったらしい、姉との『折り紙』の認識が食い違ってしまった。

「これだけか?」
「ええ。あんまりきれいな色は残ってないけど」

そんなところは気にしていないのだが。言われてパラパラとめくってみれば、確かに茶色とか黒とか灰色とか、あの元気の出る明るい色はほとんど入っていなかった。

「なんか、折った後のは?星とか、花とか……」
「ううーん……そこまでは私もわからないなぁ……」

ごめんね、と言う姉に首を振る。突然そんなことを聞いたこちらが悪い。
そうか、と呟くと姉はまた困ったように眉を下げた。どうやら、また落ち込んだ顔をしてしまったらしい。

「あー……にしても、懐かしいね折り紙」

少し気まずそうにしながら、姉が軽い調子で続けた。

「昔、ハマってたことあったよね焦凍」
「……俺が?」
「忘れたの?その時の余りでしょ」

俺より五つ以上離れている姉なので、昔のことに関してはむしろ俺自身よりちゃんと覚えているのかもしれない。
とはいえ、俺が折り紙にハマっていた時期なんてあったか?全然覚えていない。

「小学生の頃、三年生くらいだっけ?急に私に教えてくれって言いにきたから、驚いちゃった」
「小三……?」

しかも小学生の頃なんか。夢で見た折り紙は、もっと幼い頃の記憶。どうやらそれとこれとは話が別のようだ。
そして俺が探していた“おまもり”から、話題がどんどん遠ざかっている予感がする。

「私も折り紙なんてやらないから、二人で色々調べてやったんだよねぇ。鶴とかカエルとか……」
「覚えてねぇ」
「あはは、そっか。その時作ったのを探してるのかと思ったけど、そうじゃないのね?」

頷くと、じゃあやっぱりわからないや、と答えがあった。どうやらあの色とりどりの折り紙は、いよいよ残っていないようだ。やはりこの日本家屋はだだっ広いだけの空間だったらしい。

「まあ……ないなら、いい。ありがとう」

一応箱の蓋を閉めて、これは部屋に持ち帰ることにした。あの“おまもり”でないのなら、別に要らないけれど――“おまもり”だったら必要なのかと言われるとそれも怪しいが――わざわざ探してもらった手前、つき返すのも気が引けた。

箱を抱えて居間を出ようとした俺の背に、姉の独り言じみた言葉がかかった。

「確か、オールマイトがなかなか上手く折れないって、焦凍ったら半分泣きそうだったのよ」
「忘れろ」

ふふ、と笑うところからして、忘れるつもりはなさそうだ。ため息をつきたくなったが、結局何も言わずに居間を出た。自分ですら覚えていないのに、そんな恥ずかしい記憶は思い出さないでほしい。

つか、オールマイトって折り紙で折れるのか。ちょっとびっくりだ。



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