なぜだか俺よりも痛そうな、泣きそうな顔をして、その幼い女の子は両手にいっぱいの“おまもり”を差し出した。
オレンジや赤、黄緑や水色。犬や猫、星や花、鶴。色とりどりの小さな折り紙を、色んな形に折り込んで作った“おまもり”。それは一つ一つがこの世界で唯一の、俺のための幸せ。
『だいじょうぶだよ。しょーとくんが痛くありませんようにって、たくさんお願いしたから、もうだいじょうぶだよ――』
少女はそう言って、泣き止まない俺に、たくさんの想いを差し出した。
* *
懐かしい夢を見た。小学校に上がる前の、もう忘れかけていた出来事だ。
あの時の折り紙達はとっくの昔に、どこかに失くしてしまったのだったか。それとも、あいつに不要だと切り捨てられたのだったか。それすら忘れてしまった。
いつもの通学路。少し早めの時間は相変わらず、同じ制服の生徒の数は多くはない。しかし確実に、ちらちらとこちらを伺ってくる視線は存在しているような。
何か言いたいことでもあるのかと思って目を向けると、すぐさま揃って目を逸らす女子生徒のグループ。きゃあっとちょっとした黄色い声、続いて何が楽しいのかクスクス笑い。あまりいい気分ではない。
この先日の体育祭の影響は、まだ続くのだろうか。内心で小さくため息をついて、前方に目を戻す。
数歩前を気だるげな歩調で歩く男子生徒が一人。
と、彼の通学鞄からぽとりと何かが落っこちた。後ろの俺はあっと思ったが、当の本人は全く気づいていない様子で歩いていく。
足早に落し物に近づいて拾い上げた。
薄紫の袋、濃い紫の糸で小さな星の刺繍が細かく縫い付けてある。綺麗に作られているが、一見して手作りなのがわかる。
ピンクの混ざった赤色の組紐が蝶々結びのようでいて少し違う、お馴染みの結びであしらわれていた。鞄に結んでいたはずの両端は、擦り切れてしまったようだ。
おまもりだ、となんとも言えない気分になる。朝見た夢を思い出してしまった。
「おい、あんた」
「ん……?」
拾ったお守り袋を軽く叩いて砂を落とした。俺の声に振り返った男子生徒は、まず俺の顔を見て目を丸くした。それから紫のお守り袋を視界に入れると、あっと声を漏らした。
「落としたぞ」
「あー……どうも」
気まずそうな表情を浮かべながら差し出された右手のひらに、手作りのおまもりを置いてやる。少し癖のついた紫の髪をかく少年の顔を見て、やっと既視感を覚えた。
「切れちゃったか……」
残念そうに呟く彼は、確か体育祭の決勝戦で一番に緑谷に敗退した……普通科の。名前は忘れた。
本来、親しくもない人間に声をかけるなんていうことはしないんだが。一方的とはいえ知っている相手だったことと、朝の夢のせいで気が変わった。
「……手作り、だな」
「え。あ、うん、そう」
俺が声をかけたのが意外だったのだろう。相手は目つき悪めの瞳を瞬かせた。
「上手いな、それ」
「ああ……好きなんだって、こういうの」
「そうか」
「……えっと」
やっぱ声なんてかけるもんじゃないな、と心の中で少し後悔。困っているのは多分相手の方なんだが。
「悪い。ちょっと気になっただけだ」
「そ、か」
「似合ってるな。色とか」
「……テキトーだろ、それ」
つい紫の髪を見ながら言ってしまったから、相手は少し呆れたように呟いた。適当ってわけでもないが、そもそもビジュアルの良し悪しを判断できるようなセンスは持ち合わせていない。
「まあ……色々考えて、作ってくれたんだろな」
そう言った男子生徒の表情はなんとなく嬉しそうで、手に載る紫の袋をゆっくり撫でる親指の先は顔に似合わず優しげで。
――なんか、うらやましいな。
「拾ってくれて、ありがと」
相手はそんな俺を置いて、軽く礼を言って身を翻した。
俺はといえば、ああ、と曖昧な返事を返し、学校に向かって歩き出した少年の背をしばし見ていた。
うらやましさと、懐かしさ。
色とりどりの折り紙は、どこにやってしまったのか。忘れてしまったのが、少し歯がゆいような気がした。
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