×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




your charm - 24



私の記憶の中で、その男の子はよく泣いていた。痛いのかな、怖いのかな、悲しいのかな。そう思ったら私もつられて泣きそうになった。
私が差し出した折り紙を、色とりどりの“おまもり”を受け取った時の、本当に嬉しそうな笑顔が私は一番好きだった。

私の個性は母親譲り。誰かを思って手作りしたら、その人を少しだけ幸せにする“おまもり”を作ることができる。おまもりはその人に降りかかる、辛いことや悲しいこと、痛いことをほんの少しだけ吸い取ってくれる。
私が込めた想いの分と、相手が晒される脅威の兼ね合いで、おまもりの寿命は決まってしまう。そして効果が切れれば、どれだけ大事にしていても、そのおまもりはボロボロになって壊れてしまう。

私のおまもりは、彼に及ぶ火傷する熱も冷たい痛みも、退けることはできないし癒すこともできない。ほんの一瞬、おまもりのもつ寿命の間だけ、彼を少しだけ支えることができるかもしれないだけの――そんな力。

「違うよ、私があなたといちゃだめなんだよ」

そんなだけの力。
私は彼から逃げ出した。私はあの人を救えなかったから、私が彼を救えないこともいつか気づかれる。私が差し出したおまもりなんて、本当はどれほどの価値もないことが気づかれる。それがとても怖かった。
一番好きな笑顔がすとんと消えてしまう様を、目の当たりにするのが嫌だった。

私には力もない上に、彼のような真っ直ぐな志も純粋な優しさも、いつの間にか無くしてしまったのだ。

彼は私の言葉を聞いて、さらに顔をしかめる。

「どうしてそうなる?俺はお前と話がしたいって言ったし、お前も頷いてくれた」
「そう、だね。あの時はそうだね、私も頷いたけど」

素直に、嬉しかった。幼い頃に持ち合わせていた純粋な善意を期待せず、ただの『同じ学校の女子生徒』として、仲良くしたいって言われたことは。
一人の女の子として彼の気を引けたような気がした。あの人と彼を救えなくても許されるような気がした――でもやっぱりそんなの、最低だ。あの儚い人は私のことを忘れないでいてくれたのに、私は自分可愛さにそれを無視しようとしたのだから。

弱くて、卑怯で、そのくせ自分が可愛いのだからもう救いようがないでしょう。私、そのくらいは自覚してるの。
強くて、眩しくて、ずっと前に進むあなたには――同じくらい強くて素敵な人達が居てくれるでしょう。

「轟くんは……もう、私がいなくても大丈夫でしょう?」

だいじょうぶだよ、なんてもう私には言えないな。あなたはとっくに、私の手で泣き止むような幼い男の子じゃないんだから。

「轟くんは私よりよっぽど、心も体も強い人だもの。すごい人だし、素敵な人だよ」

みんな言ってる。轟くんってすごいよね、かっこいいよね。そうだよあの子はすごいんだよ、がんばりやさんで優しくて素直な良い子なの。
でも私なんて彼のこと、どれだけ知ってるって話で。

「見ててわかったよ。轟くん、どんどん進んでく。きっと素敵な人達なんだろうね、轟くんのお友達、みんな」

半身に霜をおろして震える彼は、少しだけあの頃の面影を残していたけど。やがて激しい炎をあげて、凍りついていた色んなものを溶かし始める。どんどん進んでいく、過去を置き去りにすることも無視しようとすることもなく、向き合おうとしている。
すごいよ、とっても強い人。そんなあなたを支えてくれる人達みんな、私にだってわかるくらい良い人達だよ。

「まっすぐ頑張ってる人達ばっかり。八百万さんも、飯田くん達も――」
「――なんで今、あいつらの名前が出てくる」

初めて聞く低い声に、思わず口をつぐむ。

「今、俺とお前の話をしてるんだ」

鋭く突き刺さるような視線は、続く言葉を失わせた。これ以上適当な言い訳はさせないと言われている気がした。
言い訳のつもりはない、単純な、時間稼ぎ。あなたと私の話、核心に触れたくなかっただけ。

――私もう、あなたにあげられるものなんて何もないよ。

「……わ、たし……私、もう……」

――あなたに見合うような何かなんてない。あなたみたいに純粋な優しさも、あなたみたいに真っ直ぐな心も、とっくの昔になくなった。

私に残ったのは、変に染み付いてしまった淡い恋心だけだよ。不純な努力と、チクチクする嫉妬心と、偏った優しさくらいのもの。『轟くんのためなら頑張る』なんて傲慢な言葉も、押し付けるように渡したお守りも、彼の無事だけ確認して訪れた安堵も、どれもこれもあなたに気づかれたくないって思ってる。

「……ごめん、違う、泣かせたいわけじゃないんだ」

少し慌てたような声で、自分の視界が滲んでいたのに気づいた。
ああ、最低!またそうやって、彼の良心に付け込もうとする!

「ううん、ごめんなさい、気にしないで!」
「でも」
「面倒くさいよね、ごめんね……!これは、私が勝手に、なっちゃってるだけだから!本当、轟くんには――」

「――関係ないとか、言うなよ」

急いで目元を拭っていたもう一つの手も、今度はそっと掴まれた。
ひんやりした右手とは裏腹に、私の顔を覗き込む瞳は気遣わしげでありながら熱がくすぶる。

「勝手でもなんでもいい。俺の前で泣くなら、ちゃんと話をしてほしい」

彼の前で泣いてしまうのは二度目だ。なんて面倒くさい女、放っておいてくれたらいいのに。
そうやって優しくされたら、ますます涙が引かないし。

「……や、違うな。泣く時だけじゃないんだ、笑ってる時も困ってる時も、いつでもいい、なんでもいいよ――聞きたいんだ。お前が、俺の前で、何を“想って”いるのか」

瞬きをすれば、ぽろ、と一粒落ちてしまった。それを見て彼が眉をひそめたのがぼんやりわかる。
優しい人。これだから卑怯な私は、まだ彼に許される気がして、いつまで経ってもこの“想い”が消えないんだ。

「……わ、わたし、ね。本当は、全然、良い奴じゃないし、お人好しでもないんだよ」
「そうか?」
「好きなことしてるだけなの、嫌なことはしないんだよ。誰にでも優しくできないの」
「そんなの、当たり前のことだろ」
「それに、誰も救けられないよ。わたしのおまもりね、知ってるでしょ、すぐ壊れちゃう」
「そうだったな。その度に新しく作ってくれたの、覚えてる」
「本当は、全部から守ってあげたいの。危ないことも悲しいことも、最初から起きなかったら、あなたが泣くことなかったのに」
「俺、そんなに泣いてたか?」
「泣いてたよ、わたしまで泣きそうになったもん。どんなに頑張って、お願いして作っても、あなたが泣いちゃうならこんなの全然意味ないのかな」
「――意味は、あった」

少なくとも、俺にとっては――そんな言葉を吐く彼は、まっすぐ私を見ている。

「別に、運が良くなるから、救けてもらいたいから、お前の折り紙が欲しかったんじゃねえよ。もっと単純な話だ」

私の手を握る左手は熱いくらいで、右手は少しひんやりしてる。鮮やかな赤色の下の青い目は涼しげなのに、オレンジがかった白色の下の黒い目には何かが篭っているように見えた。
あの人と同じはずなのにむしろ熱っぽく見える瞳から、私は目をそらせない。


「好きだったんだ。全部。小幸が俺にしてくれたこと、全部嬉しかったし大事にしたかった――お前の作ったおまもり、俺にくれた気持ち、全部好きだよ」


――ありがとうな。
――『ありがとう、小幸ちゃん』


不意に思い出した。 その不思議な男の子が、初めてそう言ってくれた時の、はにかむようなぎこちない笑顔を。



前<<>>次

[25/27]

>>your charm
>>Top